河井神社、糺の森 | 朝寝坊弁慶のささやかな交湯録

朝寝坊弁慶のささやかな交湯録

朝寝坊弁慶の由来は、朝寝坊して昼過ぎからのこのこと温泉に出かけていく習性に由来しております。

弁慶はなにかといえば、語呂合わせみたいなものです。

興味の幅がありすぎて、まとまりがありません。最近は京都に住んでいます。気持ち的にはです。

8月になり、GoToが事前に申し込めるようになった。

普段は絶対に使わないパック旅行なるものを利用しようと思ったのは、高級ホテルに泊まる気のない私にとって、京都旅行で一番高いのは往復の交通費だからである。ここを適用にする唯一の手段は、往復交通費込みのパック旅行しかない。



GoToが始まっても、東京駅のホームは未だにガラガラであった。



もちろんこの後で数人の乗車客があり、トータルで10名くらいまでにはなったと思う。人数は少なくても、プレコロナ時代のようにペチャクチャも話す種族が側に居ればリスクは低いとは言えないが、幸いそんな種族も居なかった。

さて、行きの新幹線でネットを見ていたら旧三井家下鴨別邸での特別公開の案内が目に入った。



涼しそうだ。食べてみたいなぁと思ったので、まずは東福寺乗換で出町柳に向かうことにした。

ところが赤字の開始時間を見て頂きたいのだが、11日の次は13日のなっている。間の12日は水曜日の休館日なのであるが、私はまさにその12日に行ってしまったのだった。残念だった。



下鴨神社は正式には賀茂御祖神社という。左の塀の中が旧三井下鴨別邸。



歩いて行くと右手に趣のある門があった。秀穂舎とあったが開いてはいないようだ。あとで調べたら旧浅田家住宅で、鴨社の資料館となっていた。写真で見るとやはり趣のある室内で、機会があれば訪れてみたい。



糺の森の入口で左手に向かうと、河合神社だ。河合神社は女性守護の神様で、見る限り境内は女性9割で、なかなか入り難い。




しかしここには、鴨長明の方丈がある。



鴨長明は下鴨神社の禰宜の家に生まれたが、次男であったり、後楯を亡くして反対勢力からの妨害を受けたりして、神職としての出世を閉ざされてしまった。

世を捨て隠遁するにあたり、神社の建築様式などを参考にして考案したのが、移動可能な現代で言えばモバイルハウスのような建物が、組立式の方丈である。



拝殿越しに本殿を見る。拝殿には願い事を絵馬に書く女子。御朱印も女子の中に並び難く頂かずに退出。

河合神社を出て糺の森を歩く。



御神木なのだろう。

参道の右側にはならの小川が流れており、川に入れるようになった場所があった。伊勢神宮の内宮では、もともとは手水舎ではなく、五十鈴川で身を清めたのであって、そのような場所があったが、なんとなく似ていてそうなのかなあと思ったが、特に検証はしていない。



糺の森には平安時代から近世まで利用されたと思われる祭祀の遺跡がある。



下鴨神社までまっすぐ延びた参道。左側にも通路がある。ちょっとそちらにも寄り道した。



雑太社

ラグビーボールが祀られているが、糺の森で日本で初めてのラグビーの練習試合が第三高等学校(京大)の慶應義塾大学の間で行われたこと、また、御神祭「神魂命(かんたまのみこと)」が、球に通ずるとされたことによる。



君が代に詠われる、さざれ石。


相生社は京都人の信仰篤い神社であり、縁結びの神である。縁切りがそうだったように、縁結びも、いわゆる縁結びだけではなく、良い仕事などとの出会いなども含む。

絵馬に願い事を書いたら、男は時計回り、女は逆時計回りに3回周り、3周目に絵馬を掛ける。




元に戻り二礼二拍手一礼をし、最後に、この紐を引き鈴を鳴らす。

わかっていても、下鴨神社のすぐ目の前のこの社で、おっさんがこれをやる勇気はないですよ。

ね。