下鴨神社 | 朝寝坊弁慶のささやかな交湯録

朝寝坊弁慶のささやかな交湯録

朝寝坊弁慶の由来は、朝寝坊して昼過ぎからのこのこと温泉に出かけていく習性に由来しております。

弁慶はなにかといえば、語呂合わせみたいなものです。

興味の幅がありすぎて、まとまりがありません。最近は京都に住んでいます。気持ち的にはです。

下鴨神社の境内に入ると、それなりに人が多く感じられた。でもそれはプレコロナからすると、とんでもなく少ないに違いない。

楼門は人が切れずに写し辛かったので、境内に移動する。



舞殿と右奥が中門。左は神服殿。名前の通り神服を縫製する御殿で、天皇の行幸があると殿内の開かずの間が玉座となった。



中門を潜ると正面に本殿、その間に干支別の支社がある。画像は左側で弁慶氏は真中にお参りする。



振り向くと本殿の前にも支社がこのように配置されている。したがって、本殿は正面から撮ることが難しい。

その本殿だが、東本殿と西本殿が並んで配置されている。東本殿には玉依媛命、西本殿には賀茂建角身命が祀られている。



御朱印は本殿を出て左に進むと御朱印所がある。文字も判もまさに正式社名、賀茂御祖神社である。そして葵の判。



橋殿は御影祭の際に御神宝を奉安する御殿。御影祭は葵祭の為に八瀬の御陰神社から神霊を迎える神事である。


その奥にあるのが、御手洗祭が行われる御手洗池と井上社。



みたらし川は土用になると池や川の底から清水が湧き出ると言う。その湧き上がる水泡を団子に見立てたのが、みたらし団子の起源という。

そして、清水が湧き出る土用前後の5日間に行われるのが、御手洗祭である。土用の丑の日にこの池に足をつけ無病息災を願う。

この糺の森、御手洗池、御手洗祭との関連はどうなのだろうと思うのが木嶋坐天照御霊神社で、以前訪問している。非常に共通的がある。


また、今回知ったのだが、木嶋坐天照御霊神社の三柱鳥居は、元糺の池の中央にあって、中心に神座があるわけだが、御手洗池には、その中心に50本の斎串を立て、それを奪い合う祭りがあると言う。これは立秋の前夜に行われるそうで、斎串は安産、商売繁盛のお守りとなるという。

さて、本殿の左側に進むと社が隣接している。



三井神社は、下鴨神社よりも古くから祀られていたとされる社で、山城国風土記に賀茂建角身命、伊可古夜日女、玉依日女の三神を祀った蓼倉里三身社が三井社になったという記述がある。ただ、当時からこの地にあったわけではないようで、河川の変動などで、この地に移されたようだ。

同じ三井というわけで、旧三井家下鴨別邸も近いのでちょっと関連を想像したのだったが、三井家とはなんの関係もない。



三井神社の前方にあるのは、比良木社。本殿は奥まっていてよく見えないが、下鴨神社の中では最も古く、1561年の建造物である。もともとは下鴨神社の本殿を1629年の式年遷宮の時に移築したものでなのだそうだ。



帰りは鴨川デルタに降りて、この飛び石を通った。鴨川にはこのような飛び石が数箇所にあって、買物、散歩、通学に通ったりする。京都は水の都とも呼ばれるが、湧水だけではなく、このように生活が川と共にあって素晴らしい。

ね。