赤山禅院 | 朝寝坊弁慶のささやかな交湯録

朝寝坊弁慶のささやかな交湯録

朝寝坊弁慶の由来は、朝寝坊して昼過ぎからのこのこと温泉に出かけていく習性に由来しております。

弁慶はなにかといえば、語呂合わせみたいなものです。

興味の幅がありすぎて、まとまりがありません。最近は京都に住んでいます。気持ち的にはです。

仕事は忙しいままで、9月は外飲みは2日だけ。それも京都で飲んだだけである。その2日を絞り出す為に余計に普段に詰め込むので、なかなか身体がきつく、家飲みも数日しかしていない。

だからといって、健康になったかと言えば、多少血圧が下がったくらいであるし、それは現場応援で動き回っているからかもしれない。

さて、まだ7月の京都に戻る。

 

 

蓮華寺の先(京都から見ると手前)で国道を離れた。高野川を渡り、叡山電鉄の踏切を渡る。しばらく歩くと閑静な住宅街になって、ちょっと想像していたイメージと違うかもしれないと思っていえうと、この鳥居が見えた。

 

 

 

 鳥居から緩やかな登りの道を進むと、やがてこの山門にたどり着く。この山門も帰りに撮影したのであって、来たときは雨が強くてそれどころではなかった。

 

赤山禅院もまた、千日回峰行の拠点のひとつである。6年目からは北嶺回峰にこの赤山禅院までの往復が加わり、7年目はさらに京都大廻りが加わるが、その時も赤山禅院に参ることになる。


 

 

 最初にあるのは拝殿。良く見えないとは思うが屋根には鬼門除けの猿の像があり、御多分もれず金網の檻に入れられている。御所の鬼門の猿と一緒だ。理由も一緒で、いたずらするからである。

 

拝殿というと神社のそれを思うが、この時、まさに神職により神事が行われていた。

 

赤山禅院は寺であるが皇城表鬼門の鎮守として本尊の赤山大明神を祀っている。赤山大明神とは、中国の泰山に住む道教の神様である泰山府君であり、陰陽道の祖神なのだそうだ。

 

そして赤山大明神は地蔵菩薩の化身であるともされている。いろいろな力が渾然一体となり都を守っているわけである。

 

 

 

 順路通りに進んで行くと、まずは雲母不動堂。「きらら」と読む。赤山禅院と比叡山の間には雲母坂という結界がある。千日回峰行の後半で行者がこの京都大廻りなどで登り降りする山道である。その雲母坂にあった雲母寺の本堂だった建物がここに移された。雲母寺は千日回峰行の祖であり、無動寺明王堂の隣に像のあった相応和尚の開基である。

 

本尊の不動明王は最澄作と伝わっている。

 

 

 

 次が地蔵堂である。赤山大明神は地蔵菩薩の化身であることから祀られている。

 

 

 

 本尊、赤山大明神を祀る本堂、いや本殿は改修工事中でその外観を見ることが出来なかった。正面から入ってお参りして左に抜ける。

 

 

 

 弁財天は、出世弁財天といわれて信仰を集めているそうだ。

 

 

 

 福禄寿殿。こちらの福禄寿神は都七福神である。御朱印所はこちらにあった。


この頃が一番の土砂降りだった。

 

 

 

 本尊、赤山大明神。

 

 

 

 金神宮は鬼門方除の神様。

 

 

 

 相生宮は縁結びの神様。

 

 

 

 こちらの宮が何だったか記憶がないのだけど、拡大すると夏木マリ、斎藤ノヴなどの名前が見えるので芸能関係の神様なのだろうか。

 

 

 

祇園祭りは中止になったが、その影響で昨年売り切れで買えなかった長刀鉾の粽が通販で買うことが出来た。本当は買えない日程だったので、それはそれで良かったのかもしれない。


ね。