詩仙堂から曼殊院門跡 | 朝寝坊弁慶のささやかな交湯録

朝寝坊弁慶のささやかな交湯録

朝寝坊弁慶の由来は、朝寝坊して昼過ぎからのこのこと温泉に出かけていく習性に由来しております。

弁慶はなにかといえば、語呂合わせみたいなものです。

興味の幅がありすぎて、まとまりがありません。最近は京都に住んでいます。気持ち的にはです。

一乗寺駅からまっすぐ山に向かって登っていくと、宮本武蔵の決闘で有名な一乗寺下り松があり、その先に詩仙堂があります。



詩仙堂

詩仙堂の御朱印は書置きだから御朱印帳が無くても大丈夫。



室内の写真は撮れませんが、庭の写真は大丈夫です。風がとても心地よいです。どこからか鹿威しの音が聞こえます。

外は暑いけれど、詩仙堂は涼しく感じました。それは驚くほどでした。




庭を眺めていると、小鳥がやってきました。何という名前の鳥なのでしょうか。



池には錦鯉が泳いでいました。



詩仙堂を出て、さらに奥に向かうと宮本武蔵所縁の八大神社がありました。当時の一乗寺下り松の木片が残っていると看板に書いてあったので行ってみることにしました。


境内に立砂がありますね。これは神が降臨する場所という意味があるようですけれど、低いのでうっかりすると気がつかないで踏んでしまいそうです。実際、左側に靴跡がありました。



宮本武蔵像



一乗寺下り松(武蔵が決闘した当時の物)の木片。

社務所に行って夏限定の御朱印(書置き)があったので、それを頂きました。



ここから曼殊院は15分くらい。


途中の圓光寺は御朱印帳を買ってから帰りに寄ろうと通り過ぎます。まだ何故か時間的に余裕を感じていたんです(笑)。



あれ、これ五山の送り火の妙法の法かな?登ったり降ったりしながら歩き、最後は登りで到着です。



曼殊院門跡

もともとは比叡山に伝教大師が鎮護国家の道場として創建されたのが始まりだそうです。



左手に回り、こちらから入ります。

曼殊院のほうが標高は僅かながら高いんじゃないかと思うのですが、詩仙堂の風のほうが涼しく感じられたのは詩仙堂の池の存在でしょうか。



こちらも庭園の撮影は可能ですが、詩仙堂より厳しい規制があり、縁の赤い繊毛の上からしか撮影できません。

ですから室内から梁を額縁に見立てたような撮影はできないということです。



曼殊院に来たかったもう1つの理由は、元三大師木像。

お参りするとおみくじがありました。元三大師はおみくじを初めて考案したことでも有名です。

元三大師の住まいだった横川の四季講堂のおみくじは、千円します。引くのも僧侶、目的を言って引いてもらいます。僧侶は読経し、おみくじを引き、その内容の解説があるという、それこそ中途半端な気持ちではひいてはいけないおみくじですが、曼殊院のおみくじは元三大師像の前に並べてある普通のおみくじでした。

引いてみました。これで晴明神社のおみくじからの好転することを望んでのことでしたが、結果は

「凶」

もちろん、旅行は待てだそうで^^;。

病も良くはなるけれど、すんなりとはならないらしく、確かに前立腺痛がまた出ているし。

それにしても凶とはね。でも初めてではないような気がする。そんなに引いたことないけど(爆)。だから、おみくじは嫌いなんだよ。



曼殊院門跡の御朱印帳。

天台五門跡の御朱印帳を揃えようと思っていますが、三千院門跡に続き2冊目です。



曼殊院の手前には曼殊院天満宮と曼殊院弁財天がありました。

さて、すでに16時を回っています。一乗寺駅から30分では宿にチェックイン出来ないし、そもそもその前に河原町駅のコインロッカーにデポしたスーツケースを取りに行かないといけないし、圓光寺どころではないわけです。

ようやく気がついて一番近い修学院駅を目指そうと急ぎます。

19時には歌舞練場に行かなくてはいけないわけだし、その前に浴衣に着替える時間が必要なわけだし、出来ればシャワーも浴びたいし、結構忙しい!

慌てて帰る弁慶でありましたが、道すがら四条河原町を通る市バスが通っていることを思い出して、そちらに乗ったのであります。それでも宿にたどり着いたのは、17時30分でした。

ね。