解釈してないから。
『ボーッと観る会』、昼の部。
今日のワークは、対象をエネルギーで観じる。
感覚でとらえるってことね。
私たちは、普段、感じてるようで考えてる。
例えば、絵画を鑑賞しても、
「この作品は、ピカソの『青の時代』の代表作だ。」
「亡くなった親友をモチーフにしたと言われてる。」
「評価額は、いくらぐらいするんだろうなあ~。」
これ、考えてる。
エネルギーとして、観じてない。
作家の吉行淳之介は、
> ドビュッシーの音楽を絵画にすると、
> パウル・クレーになる。
「なぜですか?」と訊かれても、
「わからないけど、そうだ。」と。
これ、エネルギーが同じだから。
音楽と絵画。
表現手段は、違えど。
けど、ここで、注意。
気の世界は、主観の世界。
東洋のOSは、気。
私が勝手に決めた三原則は、
1.相対
2.相似
3.象徴
そう、エネルギーとは、主観により相対的に異なる。
同じ音楽を聴いても、
聴く人により観じるエネルギーは異なる。
また、同じ人でもその時の心理状態によって異なる。
相対的に常に変化し続ける。
唯一の正解がないのだ。
で、吉行淳之介ネタを元にワークを。
ZOOMの共有機能を使用。
ドビュッシーの『月の光』を聴きながら、
以下の画像を観てもらう。
1.パウル・クレー 『若い女性の冒険』
2.ワシリー・カンディンスキー 『コンポジション』
3.サルバドール・ダリ 『記憶の固執』
4.パブロ・ピカソ 『泣く女』
同時代の有名作品4点。
まず、『月の光』に意識を向ける。
耳で聴くというより、
音楽をエネルギーとして浴びるかんじ。
肌になじんだと感じられたら、
1~4の絵画1点ずつ意識を向ける。
意識を向けると、0.5秒で反応が起こる。
身体感覚としてね。
「うーん、どうだろう?」
悩んだ時点で、考えてる。
感覚は、即レス。
エネルギー的に波長が異なると、
カラダがキュッと緊張したり。
逆にふわっとゆるんだり。
何らかの変化が。
けど、エネルギー的に同じなら、
絵画に意識を向けても
身体感覚に変化がない。
結果は?
パウル・クレーと答えた方もいれば、
カンディンスキーやダリと答えた方も。
やはり相対的だね。
けど、さすがにピカソはいなかった。
やわらかな『月の光』とキュビズムは、違い過ぎる。
もちろん、探せばいるだろうけど。
私たちは、それぞれが得意な受信機能を持っている。
視覚なら、絵画。
聴覚なら、音楽。
嗅覚なら、アロマ。
味覚なら、料理。
触覚なら、タッチ。
吉行淳之介は、ドビュッシーとパウル・クレーを
こよなく愛していた。
音楽と絵画。
手段は違えど。
観じているエネルギーは、同じ。
これは、感性豊かな作家だけではない。
私たちもフツーに観じている。
ただ、思考レベルで自覚がないだけ。
「なんとなく」で選択している。
その「なんとなく」の意味がわかると、
おもしろそう。
ってことで、ワークでは、
1.各自、好きな人を3人挙げてもらう。
2.その3人をそれぞれ「色」に変換してもらう。
3.その「色」から連想される「モノ」を挙げてもらう。
4.全体を観て、自分が好きなエネルギーに共通項を見出す。
さて、やってみていかが?
広島のYさんは?
「好きな人は、芸能人ばかりでした。」
ほー、ちなみに?
「綾瀬はるか、新垣結衣、吉高由里子です。」
で、色に変換すると?
Yさんは、色だけでなく、アロマや音階まで。
様々な表現手段に変換。
・・・へー、そんな共通項が。
さて、3人に観じたエネルギーとは?
続きは、明日です。
今日は、ここまで。
