つくりこまないから。
まだまだ続くAさんネタ。
> 息子は今バリですが、
> 実家でもすごく楽しんだようで、
Aさんの日本の実家からのバリ島。
ホテルの予約もしていないノープランの旅。
> とにかく息子に会った人々が口を揃えて
> 「すっごい元気もらった」って連絡来て、
そこまでの奔放さ。
観てるだけで、気持ちイイ。
「イイ子」の日本人には、なかなかいない。
「眠れる自分」を刺激されるのかも。
> 何かしてあげたり、特別なスキルがなくても、
> その子自身が持つエネルギーで、
> ちょっと時間を過ごすだけで(いるだけで)、
> 周りを元気にしたり、やる気を起こすって
> それもすごい才能なんだなぁと感じました。
才能って、自分以外の誰かの評価。
相対的に相手に生じる歓び。
世界に自分だけしかいなければ、成立しない。
息子さんは、それを才能だと思ってないし、
「磨こう」なんて意識もない。
抵抗なく、「自分である」ことで開花。
けど、ほとんどの日本人は、
「このままではいけない」
「まだまだ向上しないと」
「〇〇するには、これが足りない。」
一見、向上心。
けど、自己否定もセット。
「いま」を否定するエネルギーを含んでしまう。
それは、場をともにする相手にも伝わる。
お互い、無意識に送受信。
> エネルギーってすごいなぁと
> 改めて自分のエネルギー解放と関連して思いました。
そう観じられるのは、
同じエネルギーに共鳴してるから。
Aさん自身の「奔放さ」も刺激される。
ピピッときたのが、こちら。
「機嫌のデザイン」
秋田道夫 ダイヤモンド社
> 愛されるために、
> 自分をつくり込まない。
つくるほど、本人の中でも違和感が。
「私」は安心しても、
「わたし」は納得しない。
その違和感は、相手にも伝わる。
言葉ではなく、エネルギー。
理屈ではなく、感覚で。
さらに、こちら。
「癒しと目覚め Q&A」
中野真作 青山ライフ出版
> 自我はいつでも自分を
> 何者かと思っていたいのです。
愛されるには、「〇〇な自分」でないといけない。
これまでの人生経験から。
この場面では、こういう振舞いが〇〇であると。
そんな自分になろうとする。
> 自分の感情に根本的に正直になり、
> 本当に感じていることを
> そのまま感じ取ることを深めていくと、
> あるアイデンティティに同一化しては、
> それに同一化していることに気づいていく、
> というプロセスが深まり続けていきます。
わきあがる感情は、コントロールできない。
気づけば、生じている。
大人になれば、感情を抑制する。
それは、すでに生じてからの話。
生じること、そのものはコントロールできない。
その感情がキャラをつくる。
それさえ、自ずとつくられる。
なんだ、「私」がつくってるんじゃないんだと。
自分を「実況中継」することで、気づいていく。
Aさんの息子さん。
私もお会いしたこと、ありません。
けど、お話を聴くだけでね。
なんかスゲーなと。
晴れやかな気分になる。
それは、私にもある「晴れやかさ」が
刺激されてるから。
準備できてるよと。
準備ができていないとね。
息子さんのことを批判的に観てしまう。
「周りを振り回すんじゃないよ」
「相手がどう思うかも考えないと」
「そんなことじゃ、まともな社会人になれないよ」
何者かになろうと我慢してるほどに。
うらやましくて、カチンとくる。
ひと言、言ってやらないとおさまらない。
私もそうだけど。
あなたもそうじゃなかったですか?
苦笑いできたら、卒業間近。
> 愛されるために、
> 自分をつくり込まない。
わたしは、わたし。
あなたは、あなた。
いま、自分であろう。
今日は、ここまで。