ノープランだからこそ。
一昨日の記事に、
Aさんからメッセージ。
> 私はてっきり
> 「あの子はなぜ不安がないのか」的タイトルで
> 息子のトラブルをトラブルと見なかったり、
> 不安に思ってない事を紐解く事が
> メインの内容になると思っていたので、
> 自分に矢印が向いててビックリでした。
でしょ~。
私も最初は、その路線で行こうかと。
記事として、書きやすいし。
けど、自分に問いかけるとね。
感覚的に違うなと。
なるほど、そっちかあ~と。
自分でもビビりました。
> 潜在意識に主語はないと
> 谷田先生がおっしゃってた事が印象的で、
> 息子の話をしながら、行動は違うけど、
> きっと自分にもあるんだろうなぁと
> 密かに思っていたので、
やはり気づかれてましたか。
「母→息子」と相対していると、
気になって仕方ないはずですから。
> 最近、息子の話をする時は
> 面白いって言う意味もあるけど、
> 自分の本性?を彼を通して
> 無意識に誰かに伝えようとしてるのかもと
> 思う事がありました。
鋭い&深いなあ~。
さすがご自分に敏感ですね。
「ふと」観じられるのは、思考がおとなしい証拠。
心身ともにゆるまないと、
「ふと」はキャッチできません。
> 今、私、仕事では
> 次のステップを踏もうとしてるんですが、
> 無計画にも関わらず、なんとかなるだろうと
> 行動はしてたりするんです。
> しかもよしやるぞとか言う気合いもなく、
> 「あっやろ」みたいな簡単なノリで。
ほら、息子さんと同じじゃないですか。
抵抗がないんですよ。
湧きあがるエネルギーに。
せき止めないから、さらっと流れる。
気合いを入れる必要もなく。
根拠も分析もなし。
ピピッときたのが、こちら。
「真・かんながら」
阿部敏郎 徳間書店
> 深刻さとは、あるべき姿を握り締めている態度
息子さんがノープランでも旅を楽しめるのもね。
「旅とは、こういうものだ。」
あるべき姿がないから。
むしろ、
「そう、来たか。」
想定外を体験できたほうが楽しめる。
Aという結果しか許せないのは、自由がない。
Bでも、Cでも、DでもOK。
・選択肢が多い → 自由度が高い
・どの選択肢でも楽しめる → 自在度が高い
息子さんは、自由自在。
もちろん、Aさんも。
> 彼の話をする事で、
> 自分の行動を良しとしようと
> してるのかもしれません。
世間の常識をわきまえたもうひとりのAさん。
常にチェックしてますからね。
おかげで、今日まで「非常識」にならずに。
けど、息子さんを受け容れられたのは、転機。
自由人なAさんも表舞台に。
常識人なAさん。
自由人なAさん。
両極を知り、中庸に至る。
どちらのAさんも。
良い加減に。
> 躊躇なく、枠を気にせず、
> 自分らしくしている息子に
> 憧れもあるかもしれません。
以前ほど、憧れも、いらだちもないですよね。
どちらにも揺れないのでは?
息子さんは、「自分らしくしよう」としてません。
そもそも、そんなことに意識が向かなくなった時、
結果的に「自分らしい」Aさんに。
> 息子は台風の影響を受けることなく、
> 無事富士山に登って、
> 見事なご来光を拝んだ様です。
さすがもってますね。
間違いなく、天気予報も観てませんよね。
台風が来たら来たで。
それはそれで楽しまれるんでしょうね。
はい、もう一度。
> 深刻さとは、あるべき姿を握り締めている態度
やってるなあ~。
いまだに。
気づいたら、自分で決める。
自由であろう。
今日は、ここまで。