自分を探してないから。
一昨日の記事に、
Aさんより、メッセージ。
> 今まで割と上手くやってきて、
> 信頼、信用も積み上げてきたと思ってますが、
> それは気を使いたくない、
> そんなに使えないのに、使ってきた
> その成功体験があったからこそ、
> みんなの期待にそれなりに応えてきたからこそ、
> 今があるのだと思っていました。
> その経験や思考を手放し、
> 自分の感覚を信じて、
> 元々の自分を出すのが怖いんだと
> 自覚しました。
> 元々の自分も
> どんなのかわからないけど(汗
うーん、私もあるなあ。
その怖さ。
あなたは、いかが?
首がもげんばかりに、うなずかれてませんか?
社会に役立つ。
相手の期待に応えられる。
存在価値のある自分でいたい。
そうでなくなるのが、恐怖でしかない。
誰からも求められない。
この世界にいてもいなくても一緒。
生きてる価値がない。
自分でダメ出し。
コワすぎない?
私は、「わたし」に求める。
意味を求める。
価値を求める。
誰かから必要とされる自分であろうと。
必要とされる自分であるからこそ、
愛される資格がある。
この世界にいてもいい。
・・・ああ、これ、条件付きだ。
必要とされなければ、
生きてる価値がない。
愛される資格がない。
常に、条件を満たし続けなければいけない。
満たせたら、安心。
けど、心底湧きあがる歓びではない。
明日には、失うかもしれないから。
その恐怖とセット。
危ういよね。
私は、信じたいんだ。
価値ある自分であることを。
「条件なし」で、いられる人って、
どんな観方をしてるんだろう?
ピピッときたのが、こちら。
「癒しと目覚め Q&A」
中野真作 青山ライフ出版
> 真実の理解が深まってくると、
> 何かを信じる必要がなくなります。
> 何もわからなくても、
> わからないという状態に
> 安心していられるようになるからです。
感覚にゆだねる「なる」モード。
思考が働かないからね。
自分を求めなくなるの。
「わたし」とは、こんな私だと。
「自分探し」をしなくなる。
探すべき、自分などないから。
「わたし」は、その時、その時で、
自ずと起こるもの。
「わたし」は、現象なんだ。
天気が刻々と変化するのと同じ。
定義する意味がない。
ただ、「起こる」にも特徴がある。
日本は、温帯湿潤気候。
四季があり、湿度が高い。
ほら、気候にも特徴があるでしょ。
「わたし」にも特徴がある。
どんな反応に「なる」かのね。
けど、それは起こってみないとわからない。
すべて結果だから。
気の世界では、
顔カタチで先天的なエネルギー配分を観てね。
その傾向をうかがうことが。
けど、それは絶対ではない。
スーパーコンピューターが解析してもね。
天気予報は、結構、ハズれる。
「自分を知りたい」
という好奇心があるかぎり、
エンターテイメントとして、自分を知るのは楽しい。
歓びでもある。
けど、
「自分を知らなければ」
になるとね。
特定の自分しか認められなくなる。
陰陽五行を学ぶとね。
「わたし」とは、太極。
陰陽どちらもある全体性を備えていることに気づく。
まだ自覚できているかどうかだけで。
部分を定義することに意味がない。
その時、その時に応じて、
「わたし」が部分として起こっているだけ。
「わたしには、全部ある」
という前提だとね。
まだわからない自分があることも認められる。
「わからない」ことに安心していられる。
探すべき、「わたし」などいない。
すべてあるのだから、
部分を定義する意味がない。
「自分探し」の終着点は、「自分なくし」。
その時、安心して、本来の自分でいられる。
そんな気がする。
これから、確かめてみるね。
あなたも、いかが?
今日は、これまで。
また、明日。
【 陰陽五行 実践編 in 札幌 】
・8月29日(火)午前の部:9:30~12:30、午後の部:13:30~16:30
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