歴史的転換日 南北和平 | サンドリヨンのブログ☆正統派歴女いざ参る!

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土佐の脱藩歴女が、いろんな歴史の旅と日常を綴ります。
 過去ログの(1564nhのブログ)では、本当に沢山の歴史を公開しています! 自分で書いておいて改めてへぇ~・・・なブログも、お時間ありましたら見てみて・・・・!!

 今日という一日を、どれほど待っていた人達がいただろうか・・・・

21世紀の世の中・・・・

頭の上を、ミサイルが飛ぶかも知れないなんて、子供の時には考えたこともなかったし、戦争という争いが、まだ世の中にあるということさえ・・・・想像もした事がなかった。 昭和の時代・・・・小学校にて、社会の時間に先生が、ベトナム戦争 の事を語って聞かせてくれた。

 

自分が生まれたつい最近まで、アジアの片隅で戦争があって、沖縄からも兵士が派遣されていたなんて・・・・・。 正直私的には、ショックが大きくて・・・・なんでこんな大事なことを、自分が気づかなかったのかと、本当にいたたまれなくなった事を覚えている。

 

平成の世の中では、誰もが普通に生きて生活をし、仕事や学校にいてそれぞれの事に励み。 誰かが誰かのくだらない悪口を吐いたり書いたり・・・・・そんな日本の海の向こう。 すぐお隣の国にて、長い歴史の中で、対立や敵対してきた事柄が、改善されていくかもしれないという大事な話し合いが行われていたのに、どれだけ多くの世界中の人々が目や耳を傾けたのか・・・・・。

 

二人の君主が、それぞれの立場を越えて、やっとここまで辿り着いた出来事だった。 これは、2000年代に入って、三度目の対話。

 

ことの起こりは第二次世界大戦まで遡る。

 

当時今の朝鮮半島には、日本軍が入っていて・・・・日本の統治下となっていた。 けれどあの戦争で大敗をしてしまった日本は、そこから

引き上げる事となったのだ。 そうして半島は、北緯38度線を境にして、北をソ連が・・・・南をアメリカが一時統治する国となってしまった。

 

1947年の1月・・・・、南北総選挙にて半島に統一政府を置こうとするのだが、それよりも先の1946年 2月 に、北を統治していたソ連によって、 北朝鮮臨時人員委員会 が発足していて、国連が間に入った選挙では、自分達の都合のいい国家が作れないと、ソ連はどこよりも先に国作りをやってしまったのだ。

 

ソ連が拒む中で、南半分だけはと 1948年5月 に選挙が行われて、同年の 8月 には 大韓民国 が成立となる。 翌年9月には、今の 共和国 が成立。  1950年 朝鮮戦争 が起こると、今の北朝鮮はソ連や中国などの支援を受けて南に攻め入るも、初めは有利だった事が、アメリカや国連軍が関与してくると、やもなく撤退をする事となる。

 

1953年 7月 ・・・・ 休戦協定 が結ばれるも、これを自分達がさも勝利したような事に都合よく話しを盛って、北の権力強化を計って行くこととなる。 これが、大まかな世界大戦からの北と南によるお話しなんだが、では・・・・・どこで今の北の君主の一族が現れたのかと言うと、大韓民国や共和国成立の頃まで遡る。

 

全てはソ連が仕組んだ事と、現在では言われていて・・・・・

ソ連が都合のいい人物を選んで来て、その人物を教育して伝説の英雄に仕立て上げた。 その 伝説の英雄 は、世界大戦にて日本軍をこてんぱんにやっつけて、考えられないくらいの戦勝を上げたと信じさせたのです。 眉唾でもなんでも、当時はそれが受け入れられた。

 

そして、現在の北の君主一族の1人目が、北朝鮮という国の首相となったわけだ。 そこからは、厳しい教え込みが始まり。 いつの間にか唯一1つの一族における統治国家となっていった。

 

何度となく倒されそうになりながらも、彼らは強い力で服従させてきたわけね。 昔、今の君主のお祖父さんが亡くなった時に、私の周りでは

「これでもう終わりだな・・・余計やばい国になったな」 と、口々にした人々がいたけど、私もそんなに興味もなくて何も知らなかった。

 

だからどうして、そう口にするのかもわからなかった。

 

 

 

 

 

 

日本でも拉致問題が表面化してからは、随分といろんな事柄を学ばせてもらいました。 そして私は常日頃から、同じ血が流れる同じ民族同士が、どうしてこうも手を繋ぐ事ができないのかと思ってきました。

 

きっと私達が知るよりも、深い理由もあるのだろうと・・・・・

 

元を正せば・・・・・日本が戦争中に統治した事からも、混乱を招いてしまった話しであって、戦争や争いが生み出すものは、愛だの平和だのよりも、憎しみや怒りや不幸な出来事が多いんだと、思わされるケースの1つだと思う。

 

歴史的会見の姿を見て、感動に浸る事はまだ私にはできそうもない。

何故なら歴史をいろいろと学んでいる中には、そこからのこれからの動きがいちばん大事だと思う事が、沢山あったから・・・・・

日本だって、敗戦国から凄い勢いで立ち直っていったけど、国民1人

1人の生活などを考えると、昨日今日ですぐ変わるものではないし、

北の方達の多くは、戦後の教えの中で、あらゆることを強制的に教え込まれてきた。 従わなければどうなったかは、今の私達でも耳にする事。 そんな国民が、今日明日で急に方向転換して、すぐ納得いけるのか・・・・・不安や恐れ、動揺も測りしきれず。 これからは、南だけでなくて、日本やアメリカそれ以外の世界各国との繋がりも、受け入れなければならない・・・・・。 国民レベルで言えば大変だろうなと思う。

 

 

 

 

今日という日は、これからの第一歩! これからこの両国が、平和の下で、安心して暮らせる国家を築いていって欲しいのと、世界の国々に、安心して受け入れられる国へと、北朝鮮という国が変わっていってくれる事を、心より望むところです。

 

世界には、まだまだ大変な政治的国家的問題を孕んだ国があります。

それらの先を先導してくれる事であればと、・・・・・・・そう思います。

 

これで、頭の上をミサイルが飛ぶこともないのだろうかと思うと、少しは安心できます。 少しはね・・・・・・

 

戦争を知らない世代だからこそ・・・・・、平和や自由の喜びを理解できるわけで、資料館や本や映像や口伝えによる戦争でも、あれは決して起こしてはいけない事だと強く思う。 だって、私の田舎には子供の頃、戦争で片腕を失くした男性や、旦那さんを失くした女性もいたからね。 身近にそれを感じてしまうと、余計に ダメだ! と思う。

 

大分でも、「ミサイルからの避難誘導」 なんて言葉を聞くと、今の子供達が可哀想になる。 これからどう変わっていくのか・・・・・

お隣の国の挑戦を、これからも見ていきたいと思う。

そう、今年日本にとっては、侍の時代から近代国家へと歩み始めた

明治維新から丁度150年 の節目の年。 日本もどう変わってきたのか振り返ってみるのもいいと思うよ。

 

何事も、変わろうと思えばいつだって変われる。 一歩踏み出す勇気で未来が変わっていけば、こんな嬉しいことはない。 明日以降での動向が気になるところだが、お互いが和平を願うという今日の結果には、少しホッとした。 まだ全てが解決されたわけではないが、良い

方向に向かっていいニュースが聞こえてきたらと願っている。

 

初めから全てを解決することは、とても大変だと思うが、変わろうとしなければ何も変わらない。