1982年発表のDonald Fagen(ドナルド・フェイゲン)の「The Nightfly(ナイトフライ)」
ソフィスティケートされたロックミュージックとしては、
間違いなく金字塔と言えるアルバムです。
このアルバムを構成する8曲全て、全くと言っていいほど、
非の打ちどころのない作品群であり、当時良く言われた「AOR」というジャンル
の範疇に閉じ込めてしまうのは、彼に対して非礼とさえ思えるほどのものです。
30年以上も前の作品にも関わらず、時間的なハンデキャップはほとんど感じられず、
数多いヴォーカルものの音楽にあって、いまだこれ以上のサウンドプロダクトは、
敢えて「無い」と断言してもほぼ問題はないでしょう。
勿論、今回のこのアルバムの表題曲である「The Nightfly(ナイトフライ)」も
珠玉の仕上がりです。曲の最大の特徴は、ロック音楽としては大変珍しく、
作曲行為そのものが、完全なポリフォニックな志向性で創られている点だと
私は感じています(ただし、展開部は比較的ホモフォニックです)
ドナルド・フェイゲンはロックアーティストの中では、
おそらく、最もジャズ系統の音楽理論に精通しており、
ヴォイシング(旋律の和声化)やリハーモナイゼーション(和声の置き換え)も巧く、
ジャズピアノそのものの腕前も相当なものです。
そのレベルは、この後に隆盛した「ブリティッシュ・ジャズ・ファンク」の連中とは
数段階違うものと言っていいでしょう。
以前に彼の出した作曲の教則ビデオでは、一緒に出演していた監修役の
ジャズピアニスト、ウォーレン・バーンハートに対しても、
明らかに指導的な位置・目線から話をしており、
個々の和声に対する選択スケールの意味合いなどを教えていました。
しかし、彼の持ち味は理論が前面に出てくるような堅苦しいものであったり、
単にジャズ風の味つけを曲の中に放り込んだりするといった体のものではなく、
ジャズ、フュージョン、R&B、ソウル、コンテンポラリー、ロックといった要素を、
うまく彼独自のセンスでまとめ上げ、個性的な音像を創出していくのがポイント。
ただ、昨今の活動を見たり聴いたりすると、
彼の基本的なアイデンティティはR&Bなのだなということがわかります。
この曲では、必ずしもヴォーカルのメロディラインが常に主旋律ではなく、
たまに副旋律的になったり、助奏的になったり、他の様々な楽器やヴォイスとアンサンブル
を奏で、ビートの鋭さや「決め」を利用しながら、曲として進行させていきます。
曲の構成はユニット的ないくつかの部分を繋ぎ合わせたような構造とも言えます。
そして、ヴァ―ス部における主旋律は、むしろヴォーカルの背後で鳴っている
DX7と思われるキーボードによる旋律でしょう。
それらの面から、この曲は一般的なポップスやロックの曲などとは、
作曲の時点から、全く違うポジショニングを持っている曲と言う事ができます。
しかし、全体としては、あくまでセンスが前面に出ていて、
都会的なお洒落さが持ち味、サウンドとしての仕上げも聴感的にライトです。
複雑なアンサンブルを持つクラシックやジャズの曲が、
生ギター1本で再現できないのと同じで、この曲もそれでは殆ど再現できません。
このギターによる再現の方法は、その曲がポリフォニックかホモフォニックか
判別する際に有効です。
多くのロック曲は、ギター1本でおおまかな雰囲気は再現できます。
つまり、多くのロック曲はホモフォニックなものだからです。
他方、フェイゲンの作品では、プレイヤーの素晴らしい演奏も聴きものです。
この曲では、リズムセクションはマーカス・ミラーとジェフ・ポーカロですが、
マーカスはトレードマークのチョッパー(スラップ、サムピング)を封印し、
今は亡きTOTOの名ドラマー、ジェフ・ポーカロと正確なリズムをつくり、
実に難しいベースラインをトレースしています。
そのプレイはアンソニー・ジャクソンを彷彿とさせる手数の多いもので、
この当時のマーカス一流のプレイとは一線を画すものです。
個人的には、その珍しさもあり、最も好きなマーカスのセッションプレイの一つです。
そして、ドナルド・フェイゲンのスティーリー・ダン時代からの盟友的な存在であった
ラリー・カールトンの、おそらく、あのトレードマークのセミアコ(レスポールかな?)
と思われる音色のリードプレイも目立たず騒がず、抑制の効いたプレイです。
また、フェイゲンお気に入りのソウル界の夫婦ソングライティングチーム、
アシュフォード&シンプソンのヴァレリー・シンプソンによるキャッチーで
とてもお洒落なコーラスもこの曲においては大変重要なポイントになってます。
「An indipendent station」と歌う印象的なサビの部分です。
また、全体的なサウンドイメージは、FM局のお洒落なジングルを彷彿とさせます。
ジングルというのは、FMラジオなどの番組の合間、CMを挟む時などに前後に流される
ごく短いサウンドで、「♪エフエ~ム○○○~♪」というようなあれです。
この曲の詩の内容は、FM局のDJがリスナーに語りかけるようなことなので、
そうしたサウンドイメージづくりをしているようです。
「お気に入りのミュージシャンは誰か?」と米テレビ番組で問われた、
25年くらい前のスティーヴィー・ワンダーが、こう答えたのを記憶しています。
「ハハ、もちろんビートルズだよ。でもドナルド・フェイゲンは認めなければならない。」
当時スティーヴィーはお気に入りのミュージシャンとして、
たった二組のアーティテストだけを挙げたのです。
私が御托を並べるよりも、この一言には100倍の説得力があります。
Music for musicians = 「ミュージシャンのための音楽」
こう言われ続けたロック史の中の孤高な音楽家であるドナルド・フェイゲン。
最上質なロックの一曲です
第25回「It's Too Late」(1971)/Carole King
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