こんにちは! 小川由佳です。
前回の記事に引き続き、
「素敵女性の『私らしい生き方』 角口裕美さんのストーリー」
その2です。
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ある着物の会社への就職が決まり、着物作家への道が開けたと喜んでいた裕美さん。
だが、入社してすぐ、壁にぶち当たる。
なぜなら、作家を目指していると伝えていたにも関わらず、配属されたのが営業だったからだ。
(裕美さん)
1年前に入社した先輩は、最初から絵を描く仕事をしていました。
なのに、私はなぜ・・・?
その思いを消し去れず、入社して3か月経った頃、意を決して社長に聞いてみたんです。
「どうして私は営業なんですか?職人になりたいと思って入ったのに・・・。」と。
社長から、返ってきた答えは、
「なぜ職人になりたいの?職人は歯車の1つ。
言われたまま、絵を描くだけ。
営業だったら、その後、企画になれる。
企画だったら、歯車ではなく機械をつくることができるんだよ」
(裕美さん)
歯車と言われたことがすごくショックでした。
職人って歯車なのかなと。
結局、その会社を3か月で辞めた裕美さん。当時20歳。
(裕美さん)
せっかく夢があって入ったのに・・・。すごく悔しかったです。
また、「3か月で辞めてしまった」自分への後悔が、あとあとまで残ることとなりました。
なんとか絵を描く仕事をしたくて、タウンページに「染色加工業」として載っている電話番号を、上から順にかけて、人を募集していないか聞いてみることにした。
(裕美さん)
電話したそばから断られてばかりでした。
かたっぱしから断られ続ける中、電話帳の中に、2行広告を打っている会社を1つ見つけた。
太字で「夢」という言葉を使っているのが、印象的だった。
(裕美さん)
その会社に電話したところ、たまたま着物の工房の作家先生が出たんです。
その先生にこれまでの経緯を話したところ、「おまえ、おもしろそうだから、来週から来い」と。
そういわれ、翌週からその会社で仕事をすることにしました。
最初は雑用。
でも、「今回は辞めちゃいけない」と思っていたから、我慢することに。
その後、「全国へ売りに行け」と言われ、またもや営業にまわることになった。
(裕美さん)
そのときは、とにかく「辞めない」と決めていたので、辞めずにがんばることにしました。
今から思えば、無駄に時間を使ったのかも・・・という気が、しなくもないですが(笑)。
「今度の会社でも『営業をやれ』と言われたということは、きっと何か意味があるんだな」と思って、営業をがんばることにしました。
周りを見回すと、着物を売っているのは、皆、熟年の女性たち。
そんな中、20歳の小娘が出ていって、着物を売ろうとしても売れない。
(続く)

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