「ある」と「ない」との間で揺れるの巻 | カフェときどき読書

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心に触れた、大好きな人やものを、札幌から発信します。

いつも季節の変わり目になると
着る服がないーないーとじたばたしている気がしますが
今季もお盆を過ぎて朝が涼しくなり
ショーウィンドーが秋色になってきてやはり

「着る服ない…」

と毎朝タンスを開けてため息をついています。

先日ファッションコンサルを受けたからなおさら。

あこ先生には
「今は『自分を知る』時期なので、難しく考えないでください!」
「ゆっくりやってください!楽しむのが一番です!」

とくぎを刺されているにもかかわらず、焦る、焦る、焦る。

「ゆいさんは、通勤もしているから、服の数はそれなりにあるはず。
あとは着回し力なんですよね」


とも言われたっけ。

*

そう、服は、持ってないわけではない。
タンスの中には、トップスもボトムスも、ある。
ただ、
「これ着ていけば安心」みたいな、自信を持てる服が少ない。

わたしの場合、サイズが限られるので
上に書いたように、
「ムキー!着る服ないー!
 何か、何か買わないと、毎日同じ服は嫌ー!」

と気が急いて、
よし入った、OK!手持ち服にもまあ、合いそうだよね、
なくてイライラするよりいいわ!

みたいな感じで買うことも、少なくなかったからな…
目移り激しい性格だから、なおさら。
でもってそこそこいいブランドで買うものだから
出費が大きくなって、自分の首を絞めていくことになるんだよな。


あこさんは、わたしの日々のコーディネートを見ながら
「このトップスにはこういうアクセサリーを使うといいですよ」
「まず大事なのは、髪型、メイクですからね♡」
などといつもいつもアドバイスしてくれる。

自分ではイマイチだと思っていた服でも
可能性が引き出される。
まだ生かせる道を示される。

*

「ない」けど「ある」。
「ある」けど「ない」。


後者の思考が、
結局わたしのすべてに影響を及ぼしている。

わたしに何があるのか。
人から会いたいと思わせるものが、
必要とされるような力が
わたしにはあるのか。

あるのかもしれないけど
それはわかりやすく人に示せるものなのか?

わたしはたぶん、人に差し出せるものとして
「寿司」
「ラーメン」
「ハンバーグ」
「オムライス」

といったわかりやすいものがほしかった。
自分からも、相手からも、すぐわかるような。

でもわたしの中にあるものはきっと
「名前はないんだけど…ジャガイモとピーマンと豚バラ肉炒めたらおいしいよね」
みたいな、地味なやつ。
そのくせ
「やっぱり北海道なら寿司でしょ寿司!」
「ラーメンこそ王道!」
「ハンバーグは大人も子供もみんな食べるよね」
「それに比べて、この名もなき炒め物は…子供は残すし…」

と憧ればっかり強くて…
書くことで、本当に役に立てているのか、喜ばれているのか、
自信がなかったし…


いろんなものを組み合わせて生まれる
うまみや可能性。
これまで、楽な方に流れてきていて、
今ある自分を
どうする?ねえどうするの?と突きつけられているようだ。

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毎晩の献立考えるのもつらいです…