おはようございます

子育てうつを卒業できる専門家

かがゆみこです

 

 

 

 

私が子供と巡り合うまでの

心の動きと出来事を

少しずつ綴っていきたいと思います

*****

 

【過去の記事】

〜我が子に巡り会うまで〜

【まとめ記事】** 1〜10

11”喜びと不安の中で、何かが起きていた”

12”なかなか現実を理解できない、”

13”小さな生命が、大きな使命を果たして・・”

 

〜〜 〜〜 〜〜 〜〜 〜〜

 

術後、麻酔が切れかかって

痛い痛いと繰り返す私は

痛さを紛らわすかのように

主人の手を

ぎゅっと握っていた様でした

 

 

 

しばらく時間が経ち

母親が心配そうに

病室へやってきて

「残念だったね、、」と

声をかけてくれました。

 

 

 

 

その頃の私は

母に優しくされることが苦手で

素っ気なく「うん」と

返事をし

無言の時間が続きました。

 

 

 

 

何度か看護師さんが

来てくれて

気持ちと体が落ち着いてから

数時間経つかくらいで

退院し

自宅での療養する事になりました

 

 

 

小さな手術とはいえ

体に負担はかかっているので

産後と同じように

体を休ませてと言われ

家事などもあまりやってなかった様に

記憶しています。

 

 

 

退院してからの事は

とにかく体を休めたい、、

そんな心境だったので

とにかくソファーで

横になっていた記憶しかありません。

 

 

 

 

稽留流産という事を

伝えていたごくわずかな友人は

様子を見にきてくれて

世間話をして帰って行きました。

 

 

 

あえて様子を見にきてくれるその思い

励ましの言葉をわざとかけずに

帰ってくれる心配り、、。

その配慮に、感謝しました。

 

 

 

 

その後、別の友人が

1歳くらいになるお子さんと一緒に

お見舞いにきてくれたのですが

 

 

 

小さな生命を失った私にとって

お子さんと一緒のお見舞いは

残念ながら

嬉しかった、とか

有り難い、とか

感じる余裕はなかったのです。

 

 

 

 

その後、勇気を持って

その事を話してみたところ

「子供の預け先がないから仕方がない」

「他の人もそうしているから間違っていない」

という様に言われ

その部分では

分かり合える事は

ありませんでした。

 

 

 

今思うと

彼女も子育てで

気持ちに余裕がなかったのかも知れません💧

 

 

 

 

その後はお互いに

その事を引きずる事もなく

あえて触れる事もなく

時が経っていきました。

 

 

 

 

後にその彼女は、

私が2度目の妊娠をした時に

とても力になってくれたのでしたチューリップピンク

 

 

 

チューリップ赤こちらに続くチューリップ赤

15”凝り固まった考えで自分の生き方を決断していた事”

 

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11”喜びと不安の中で、何かが起きていた”

12”なかなか現実を理解できない、”

13”小さな生命が、大きな使命を果たして・・”

 

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