74番から道路を渡って72番へ。
首だけ!
ちょっと怖い。
あ、開祖「藤木藤助」さん。
こうやって、藤木さんは結構大きく祀られていて、
他の人はまあ、そうでもないのは良いとしても、どうして、祈りを捧げて村人を病魔から解放したという尼僧慈忍が、こんな風に祀られていないのか。
おかしい‼️
私がまだ見てないだけ?
それとも、慈忍って人が実在しないからとかそういう事?
…って調べたら、私がまだ行ってない83番札所に慈忍の像あるし、慈忍の碑もどこぞの道路沿いにあるらしい。
私が見てないだけでした😆😆😆
でも、「もし慈忍の話が篠栗四国を作った方々の創作だとしたら、どうして弘法大師により近い男性の僧が篠栗で祈祷したって話にせず、女性にしたんだろうって」考えて、
「そういう女性がいたら良いなぁっていう、篠栗の方々の理想像だったのかもしれない」とかまで考えた。
でも慈忍、四国に行って姪の浜にある家に帰る途中だったらしくて、その辺りちゃんと実在してそうだなって感じするから、本当に本当にそういう慈悲の心を持った尼僧がいたんだろう。
自分の故郷とかでもない場所にそこまでする?
って思ったけど、考えてみたら私だって熊本の為に何かしたいって思ったりするし、ふるさと納税であったり災害の義援金という制度も、自分が今いる場所じゃない場所へ何かしたいって気持ちのものだもんね。
って事で、多くの人が慈忍になる得るのかも知れない、なんて、思ったりなんかしたのでした。
(なんか、サンタクロースは実在するのかに対する答えみたいな話になったな。)
本堂。
この看板が良いね。
本尊 大日如来。
ご本尊が大日如来なのに大日堂とかって名前じゃないのは何で?
拝む師って事は、弘法大師が本尊とか?
って思ったら、どうやら、本家の72番札所の名前が我拝師山 延命院 曼荼羅寺だから、我拝師山から取って付けたみたい。
何でそんな微妙な捻り方を😅💦
そんなら曼荼羅堂とかで良かったような。
納経所がなくてめちゃくちゃ探したんだけど、どうやら、道路渡った先(74番札所があった側)にある様子。
えー、それもっと分かりやすく書いておいてよー。
ちなみにここ、大師橋というらしい。
「納経所
札所は、横断歩道を渡った正面にあります。」
この書き方からすると、こっちを先に見た後で、札所はどこだと探す行動パターンを想定されているのね。
くそう、これを見逃した状態で道路を渡った私が異常なのか。
異常っていうか、まあ、特殊なんだろなー。
お金入れる場所がこんな所にある😆
御朱印ぺたん。
ひとまずこれにて一区切り。
この日はここを最後に帰宅しました。
























