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そんな必死な毎日を
過ごしている中で
お母さんと楽しそうにしている
友達を見ると羨ましくて羨ましくて
仕方ありませんでした
寝坊して遅刻して来たり
給食着を忘れて持って来てもらったり
わがままを言って
駄々こねている子をみると
”お母さんが居ていいね”と
心の中でいつも思っていました
いつも自分一人で
自分のためのことをする
寝坊できるのも
忘れ物できるのも
甘えさせてくれる人が
いるから出来るんだよ
なんで私がこんな目にあうんだろう
私じゃなくたっていいじゃないか
なんで私なんだろ
いつもそんな気持ちが心にあって
でも学校では
そんな気持ちがバレないように
”なんとなく笑顔”
をつくっていました
ホントの笑顔は出来ないし
悲しい顔も怒ってる顔も
誰にも見せたくなかったから
*
お通夜の時 叔母から
「泣かないで頑張ろうね」と言われ
子供だった私は
「泣いたらいけないんだ」
と本気で思い
30歳過ぎるまで
母の死を思って
泣く事はありませんでした
そんな日々を過ごしているうちに
私は母から
教わらなければならない事
ちゃんと教わっていたのか?
大切な事を学んでいないのでは?
私って大丈夫なのかな?
といつも不安に思うようになりました
自分の行動が
”合っているのか間違っているのか”
いつも分からなくて
ずっと周りの友達の事を見て
”正解”をさがすようになっていました
*
お母さんが居なくなって
孤独や恐怖
羨ましさや惨めさ
なんでうち(私)なの??という
納得がいかない
葛藤と苦しみでいっぱいでしたが
私はその気持ちを
誰にも言えませんでした
悲しいって泣いても
お母さんは帰ってこないし
お父さんもおばあちゃんも
大変そうだし悲しそうだし…
なんだか言えないな…
そう思っていました
友達に…?先生に…?
お友達のお母さんに…?
近所のおばさんに…?
とも考えてもみましたが
誰に言っても違う気がするし
話したからって
誰もどうにもしてくれない
誰もこの辛い毎日を
代わってくれるでもない…
私はいつも
このうずまく感情を
”誰に言えばいいんだろう??”
そう思っていました
*
そのうち
この行き場のない気持ちの
イライラから解放されたく
けれどお父さんのせいでもなく
お母さんのせいでもなく
お医者さんのせいでもなく
おばあちゃんのせいでもなく…
誰のせいでもない
誰のせいにもできない…
こうして行き場のない
イライラした気持ちを
私はいつからか
自分にぶつけるようになっていました
”お前のせいだ!”
”お前が悪い!”
”お前が悪人だったから
こんなことになったんだ!”
こうして
何も悪くない自分を責めて
怒りをぶつけるようになっていき
私は
『自分』と『自分の人生』が
大嫌いになっていきました
*
つづく
