今日は、とっても楽しみにしていた佑果さんの講座。

始まる前に意図したとおり、

楽しく、笑顔で過ごせて、首もげで、肚落ちする時間でした。

佑果さん、いつもありがとうございます❣

 

今日は、母の命式を見ました。

 

↑母

 

 

↑わたし

 

四柱推命(子宮推命)を知って、

自分の命式、母の命式を見て思ったのは、

母は、わたしを育てるのはしんどかっただろうな、ということ。

自分にはない自立心の星をど真ん中に持ち、

エネルギー値も1.5倍。

しかも、真ん中に帝旺の娘。

それは、きつかっただろうあせる

(そういえば、我が強いとか強情だとか、よく言われてた)

しかも、どうしたって母は人目を意識してしまう性質。

人の子どもとわたしを比べて落ち込むことも多かったんじゃないかなぁ。

 

そして、わたしも生年中殺=親を理解できない を持っているけれど

母も生年中殺・生月中殺を持っています。

つまり、母は、

自分の親も理解できないし(自身が生年中殺)、

子どもからも理解されない(娘が生年中殺。ちなみに、わたしには妹がいますが、妹も生年中殺持ちでしたガーン)。

母の家族関係は、かなりハードな設定なのですが、

加えてこれでは、

わかってもらえないつらさ、悲しさ、孤独感をすごく感じていたんだろうな、と

今になって思います。

 

母と暮らしていた18歳までは、

わたしも苦しくて、いつも孤独で、

早く、実家から出たいと思っていました。

大学進学でひとり暮らしを始め、

ありきたりですが、母のありがたみがわかり、

ひとり暮らしのさびしさも実感したので

就職は地元に戻り、

結婚するまでは実家から通勤していました。

その時の関係は、18歳までとは違い、

いっしょに生け花のお稽古に行ったり、

買い物をしたり、

飲み会の送迎をしたり、

上下関係のあまりない、対等な友人のような関係。

母とは干合という、魅かれ合う関係というのもあるせいか、

え?と思うような行動があっても、

ちっ、しょうがねえな、と許してしまえるようになりました。

歳をとるにつれ、母のお間抜けなところもだいぶ出てきて、

うちの家族(夫と子どもたち)の中では、常にいじられキャラ、

常にネタを提供してくれる人になっています。

 

佑果さんに言われたのは、

「生年中殺の人はね、親を親って思わない方が良いよ。

友達。親友。”ずっ友”って思った方がいいよ」と。

なるほど。

もちろん、どこまでいっても、母は母だし、

母であることに、感謝はしています。

でも、友人のように、ある意味対等な関係でいる方が、

わたしにとっても楽で心地よいし、

母も、なんだか嬉しそう。

 

これが、友達の命式だったら、と

母の命式を見ていたら

めっちゃかわいいじゃん、優しいじゃん、

マニアックな不思議ちゃんだけど、おもしろくて好きだなぁって思えました。

母は、最近夫を真似て、わたしのことを「ゆきさん」と呼ぶのですが、

わたしも母を名前で呼んでみようかな。

なんだかニヤニヤしてしまいました。