今日は、これから第3回目の調停。

スタートは、14時20分から。

早く着きすぎて、今、家庭裁判所近くの喫茶店でこの記事を書いている。

隣にお洒落なスタバがあるんだけど、嫁と鉢合わせしそうなので、ちょっと避けてみたけど。

 

今の調停を待つ気分をひとことで言うと、嫌な気分かな。

 

同じような気持ちになったのは、嫁の不貞が発覚した後に、のこのこと間男のところに出かけて行って、帰って来るまでに思っていた気分と同じようなもんかな。

その時は、特に嫁の帰りを待っていたわけでもないが。

 

 

嫌な気分ってのは、あきらめ、後悔、不安、無力感、やるせなさ、いろんな気持ちが混じ合わさった時の複雑な気持ちだろう。

 

 

そういえば、わんこはいつも健気に嫁の帰りを待っていた。

 

 

「待つとき」

 

いろいろと考えてしまう。

今は、自分のこれまでの人生について、頭に思い浮かんできた。

あの時の選択は、正しかったのだろうかとか。

 

嫁とこうなってしまった今でも、自分のこれまでの人生には後悔はない。

やるだけのことはやった。これからも、やれることはやるし、出来ないことは出来ない。出来るための努力は怠らないが。

 

なんか意味が分からなくなってきたが、

 

サレ夫の人生を間違えなく変えた1冊の本がある。

 

 

 

この本に25歳の頃出会わなければ、海外旅行が好きになることはなかったし、その後

英語を勉強することもなかっただろう。英語の勉強をしてなければ、会社で海外研修の公募に応募することもなかったし、選ばれることもなかっただろう。その研修に選ばれなければ、その後6年近く、アフリカの辺境の地で働くこともなかっただろう。そこで働いてなければ、日本に戻ってお互い適齢期となった嫁とも出会わなかったろうし、子供が出来ることもなかっただろう。

 

自分は、嫁と結婚した10年前の選択が間違っていたとは思わない。

 

ただ言えることは、自分の結婚生活における努力が、嫁に対しては実らなかっただけだろう。付き合い方を間違ったのだと思ってる。こうなってしまったのは、ただ、それだけだろう。

 

先日、深夜特急の第1巻 香港・マカオ編を読んでみて、そう思った。

 

どーでもいいが、早く始まんねーかな、調停。