こんにちは。
かせゆきです。
昨日の記事の続きっていうか、補足なんですけど、
まぁ、潜在意識にあるものは、けっきょくどんなに取り繕っても、言葉や態度の端々に出てしまうってことなんですね。
日曜の夜は、時間が合えばわたし日テレの初耳学の、『アンミカ先生が教えるパリコレ学』を観るのですが、
これがね、もうまさに、
このパリコレモデルを目指している学院生たちの、潜在意識にあるものが、
ほんの10数秒の中に表れている。
それが、よーくわかる世界だったんです。
実際のショーの形式で、KEITA MARUYAMAの最新のコレクションを着て、気をつけて、最新の注意を払って歩くモデルたち。
とにかく洋服がキレイに見えるように歩かないと、不合格になってしまいます。
丸山敬太さんご本人とアンミカ先生が見てる中、ほんの10数秒歩く。
歩くだけです。
この、『洋服がキレイに見えるように』ということを、どの程度自分の中に落とし込めているかが、全部出るわけですが、
同時に、
『洋服がキレイに見えるように』ということを、自分の中に落とし込めていない部分も、全部出ちゃうんです。
アンミカ先生と、デザイナーの丸山敬太さんは、そこをちゃんと指摘してくれます。
例えば、
出てきて(横からの姿)、こちらに歩いてきて(前姿)、ターンして、戻っていき(後ろ姿)、捌けていく(横からの姿)。
この、最後の捌ける時の横からの姿。
ここで、あと数歩で姿が見えなくなるところで、そのモデルが気が抜けた、意識が途切れたのを、見逃さないんです。
細心の注意を払って歩いていたのに、あと2歩3歩のところで、たぶん、このモデルは、
『洋服がキレイに見えるように』以外のことを、考えたんだと思います。
それから、この方は、
ショーが始まる前、準備が済み、待ってる間に座ったそうで、
そこも、注意されてました。
せっかく着て、お披露目する前の洋服に、シワができる。
そういう理由で、注意されてました。
『洋服がキレイに見えるように』ってことを本当に考えていたら、当然しない行動です。
でも、たぶんそのモデルの子からすると、これはこれ、それはそれって、結びつかなかったのでしょう。
ウォーキングする10数秒のことしか考えていない。
その間だけ、『洋服がキレイに見えるように』歩ければいい。
これって、視野が狭くなっているということなのですが、
なぜ視野が狭いのかと言いますと、
自分はそれができると、思っていないからなのです。
『洋服をキレイに見せられる自分』であるって、自分が思っていない。
そういう自分として行動できない。
だから、
そういう自分なら、何をする?どう動く?という視点がない。
表面的な知識、ノウハウを実行することにばかり気が取られて、本末転倒なことしてしまうのですね。
でも、
そこを超はっきり言ってくれるアンミカ先生と丸山敬太さん。
はっきり言ってくれてとてもありがたいことです。
何がありがたいかと言いますと、
言ってくれて、そこを自分でも「ああ、そうか。」と腑に落ちたら、
潜在意識にあったものが、顕在意識に上がってくるからです。
自分が無意識に気づかずにやっていたことが、意識できる領域にやってきます。
そこを、素直に意識できると、このモデルたちはぐんぐん変化してくるのですね。
でも、「注意された。」「叱られた。」で終わってしまうと、ちょっと、悲惨ですよ。
頭の中でだけの理解に留まってしまったら、
あれもこれも気をつけなきゃ!って、自分への禁止事項が増えるだけです。
やってしまった自分を責めたり、だから私はダメなんだと劣等感感じたり。
そこを感じたくないからと、すり替えて、指摘してくれる人を恨んだり。
そういうことになっちゃうと、ちょっと悲惨です。
負のループに入ってしまいます。
潜在意識の中身は、確実に隠しきれずに出ていますから、
起きてる現実や、実際に自分がやってること、話してる言葉、表情、態度に出ています。
だから、
気づいたらまず、受け入れる方がいいです。
そこで抵抗しない方がいいのです。
今、自分の潜在意識の状態が、そうなんだな。
って、一旦受け入れる。
で、そのあとは、
気づけたから、顕在意識にあげられますよね。
気づいたことを、後手後手に回らずに、意識していけます。
意識するっていうのは、頭で「コレやるアレやる」と考えるのではなく、
「こういう自分でいよう。」って、まず意識するってことです。
意識したあとに、頭を使う。
「こういう自分であるとしたら、どうするかな?」って、ここで頭を使う。
頭を先に使わないようにしましょうね。
順番を、間違わないようにするのが、ポイントですね。
ちなみに、
子どもを信頼するとしたら、子どもにどんな言葉を使うだろう?って考えると、
私は、もう、ほぼね。
「そうなんだ〜〜。」しか言わなくなりました。笑
子どもの話にジャッジする必要がなくなるんで、ただ聴くのみになる。
そうなると、
「そうなんだ〜〜。」しか、言えなくなります。
でも、
「そうなんだ〜〜。」しか言わないでいると、
子どもはめっちゃ話をしてくるようになりました。
たとえ先生の悪口言ってても、勉強サボった話してても、ゲームの話ばっかりしてても、
良いと思われる話も、悪いと思われる話も、全部、
「そうなんだ〜〜。」
「そうなんだね〜〜。」
しか言いません。
これね、それしか言えなくなるんです。
で、
その後。
これをまさに数年続けた今は、
逆になんでもガンガン言うようになってます。
意識が信頼なので、言葉は何言っても関係なくなるのですね。
ボロが出にくくなるというか、
さっきの、最後の数歩で意識が抜けたモデルみたいなのではなく、
洋服をキレイに見せることが、無意識にできるようになるんで、もう意識しなくてもできてる、みたいな。
周囲に黙ってても伝わってしまう、みたいな。
そういう状態になります。
たぶん、最初から子どもを信頼できてる人は、最初からこの状態なのでしょうね。
私は、リハビリ期間を経ての、今なので、おかげで、これができていない状態の人の出す意識のエネルギーに、パッと気づけます。
だから、
こういう仕事もできて、お得感満載なのでした。
そう言えば、昨日の記事リブログしてくれた、こちらの記事も、信頼によっての変化がわかりやすかったですよー。
ではでは。
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