先日の明け方に夢を見た


その夢の中の世界では

すでに息子が亡くなっていて


見える景色が色褪せていて

現実を受け止められない私がいた


「これは夢に違いない!」と

一生懸命に夢の世界から

抜け出そうともがいていた



朝になって目が覚めて

隣の部屋から

生きている息子の気配を感じて


毎朝、大好きな家族が目を覚ます

と信じられる世界に生きている


そんなしあわせが

腑に落ちた瞬間だった



私のしあわせの基準が

自分と大好きな人たちが

毎朝目を覚ますことになって


起きた瞬間から

「今日も目が覚めて幸せ」となるし


「おはよう」を交わす時も

今日も生きていてくれてありがとう

と幸せな気持ちになる



「生きているだけで丸儲け」とは

明石家さんまさんの言葉だったかな


言葉としては知っていても

なかなか体感としては感じられずに

生きてきた



息子の亡くなっている夢の中で

深い悲しみをじっくり感じたからこそ


生きて、他愛のないことを話せる

そんな瞬間がしあわせなのだと知る



老後の心配ができることも

無条件で、翌朝も、その次の朝も

目が覚めることを信じられるから


国によっては

明日の命だって保証されていない



心配することが趣味のような私だけど

老後を心配するよりも


目が覚めたことを喜んで

一日いちにちを「好き」で満たして

生きたいなと思ったのでした*