“死んだら生きれない”から始まる、生きるを寿ぐ物語。
応援の循環チアフルエンサー・こうさかゆうあです。
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※こちらは2026年6月23日に発行したメルマガを加筆修正したものです。
久しぶりに、カレーつくりたくなったんですが
なぜだか
育った家の母のカレーを作りたくなったんですよね。
でもできないんですよ。
母がつくっていたのは市販のルーなのに。
わかってたんだけども
最近市販のルーでつくることのなくなったわたしは
スーパーでしこたま迷い、手に取らなかったわけです。
見た目は昭和で満足した。
つくったものをいただきながら思ったんですよね。
子どもの頃に家で食べていたようなカレーは
あの頃に美味しくて大好きだったものだったのかと(笑)
つくりたかった食べたかったと言いながら
自分の主張が大きすぎておかしかったの。
違う。
全然違うものつくってるやん(笑)
懐かしみたかった気もするけど
なんかやめた自分。
本当は
私が食べたかったカレーではなかったのか。
考えてみたら当たり前だった。
あの頃は米粉なんてなかった。
グルテンフリーなんて言葉も知らない。
小麦粉を使うことに何の疑問もなくて、
カレーといえばバーモントとか
あと、なんだっけ?
らっきょうはおとなの飲みの友で
福神漬嫌いの母の影響で大人になるまで薬味は知らなかった(笑)
人生って結構「母がこうしてたから」っていう
家庭の味に影響されるし、
らっきょうの試作を添えたり
梅ペーストをいれたり
お醤油をたらしたり
そうよ自分流で二度と同じものつくれないのが
わたしなんだったと再確認した。
昔のカレーを作ろうとしているのに、
作っている人間は昔の私ではないのだな。
誰かが来る予定があるわけでもないのに。
それでも大きな鍋で作るのが
私が母から自然に受け取ってきたことなんだなと
変に納得した。
カレーを作りながら気づいた。
私は母のカレーを再現したかったんじゃない。
「私はこうしたい」
を思い切りできることを確認したかっただけらしい。
だから途中で梅ペーストを入れたくなるし、
らっきょうを添えたくなるし、
お醤油も垂らしたくなる。
そして、育った家のカレーが本当に食べたくなったときは
実は簡単につくれるんだった(笑)
「今度はあれいれてみよう」とか
「この味がはいったら」とか
永遠に完成のないカレーをつくるわたし。
昔の思い出をたどりながら暮らしていると、
懐かしいものに会いたくなる。
でも私はたぶん、
会いに行った先で勝手にアレンジしてしまう人なのだ。
昔を取り戻すことだけではなくて、
今の自分がアップデートするものも
楽しんでいいんだなきっと。
そんな風に思いました。
母の思い通りにならなかった
自己主張強かった幼少期のわたしを愛してます。
今もか!