“死んだら生きれない”から始まる、生きるを寿ぐ物語。
応援の循環チアフルエンサー・こうさかゆうあです。
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※こちらは2026年7月25日に発行したメルマガを加筆修正したものです。
昨年の今ごろは
旦那さんのお墓参りへ行っていたようなんですが
年々暑さがつらいです。
大阪の山の中。
昨年もやっぱり暑い日で、墓地へ続く道を歩きながら、
天国へ続く道みたいだと思いました。
暑さで意識が遠くなりそうな「天国へ……」だったので、
夫が亡くなってから、15年になります。
ちょっと知らない方のためにちょこっと話しますが
当時の私は、26年勤めた職場を退職したばかり。
その一週間後、夫が突然亡くなりました。
葬儀の準備をしている間に、悲しんでいる間もなく、
借金や女性の存在や、知らなかったことが次々に出てきました。
亡くなった人には問いただすこともぶんなぐることもできません。
葬儀が終わっても次々とでてくる難題に
悲しくて、悔しくて、腹が立って、
死んでるのに、「もう一回死んで。」
・・・と叫んだのでした。
どうしようもなくて
ええとこなんもないやこいつ。
と恨みと怒りに苛まれていたけど
旦那さんのたったひとつの功績「仕事」が認められて
労災のおかげで私は窮地を救われました。
ずっと感謝できたわけではありません。
すぐに許せたわけでもありません。
「あの経験があったから今がある」と、
今も、起きたことを「よかった」とは思っていません。
傷つけられたことまで、なかったことにはできません。
けれど、お墓の前に立つとなぜか
「ありがとう」が浮かぶんです。
夫のしたことに感謝しているのではありません。
あの出来事のあとも、生きることをやめなかった自分。
借金を返しながら、毎日をつないだ自分。
悲しくても、恨んでいても、ごはんを食べ、人に会い、
そしてそのときそのときの思いを発信してきた自分。
その時間が今の私につながっていることに、感謝していました。
つらい経験をすると、
「いつか感謝できるようになります。」
「許したら楽になります。」
そんな言葉を聞くことがあります。
でも、私は急いで感謝しなくてよかったと思っています。
許せないときは、許せないままでよかった。
腹が立つときは、腹を立てていてよかった。
その感情があるっていうことが、
私がまだ痛いほど生きていた証拠だったからです。
無理にきれいな物語にしなくても、
十五年たった今、
きっと本人も、生きづらかったのだろうな。
同情しているわけではありません。
だからこそ私は、できるだけ正直に生きたいと思うんですよね。
過去を語ることも、誰かを責め続けるためではありません。
人は、こんなことがあっても生きていける。
恨んだままでも、立ち上がる日は来る。
許せなくても、ごはんがおいしいと思える日は来る。
そんなわたしのこと。
今を生きている私の言葉でこれからも残していこうと思います。





