“死んだら生きれない”から始まる、生きるを寿ぐ物語。
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※こちらは2026年5月2日に発行したメルマガを加筆修正したものです

 


 



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さて今日は一見よくありそうな
「話すこと」と「放すこと」って
同じ“はなす”なのに、全然ちがうなあという話しますね。

 

今回、友人が宮津に来てくれて
数日間いっしょに過ごしました、たのしかったー。

 

どこかにすごく遠出したわけでもなくて
ゆるゆる過ごした数日間。

でも

気づいたら
関わる人が増えていた。

 

あの人に会って
この人とつながって
また別の人が顔を出してくれて
行く場所で出会う人が増えた。

 

わたしの2年間は何だったんだろうと思うくらい(笑)
自称「そんなに社交性はない」という友人といるだけで
広がる人との繋がり。

たぶんこういうのが自分で普段意識しない

 話すことで自分を放すってことやねんなあ。
ふわりと感じました。

 

 

ひとりでがんばることもできるし
実際それもやってきたけど

 

ひとりで“抱えてる状態”のままやと
広がらへんものってあるのは薄々感じていて
まあ、そこがわたしのノビシロでもあるのですが。

 

誰かを介して話すことで
自分の中のものが外に出ていくのかもしれないなあと。

 

 

今回の数日間は
それを体感した時間でした。

よくもわるくもありまへん。

人といっしょにいるって
いろんなことを感じて
頭の中はいっぱいいっぱいになるんだけども

 

ひとりでがんばらなくても
人との作用で広がったりつながったりするものやったか、ちょっと忘れてたわって思ったし。

普段放しているようで
結構テリトリーを守っている自分もわかって
ちょっとおもしろかったです。

どれもわたし。
どちらも大切なわたし。

 

 

そう思うと
やはり

放すことで 

ちょっとだけ余白をあけたら
思ってもない流れが
入ってくるのは人生的に楽しいなあと
改めて感じた数日間でした。

ひとりの時間は大事であるわたしですが
こういうことを改めて感じる大切な機会もいいね。

 

 

みなさまもよい一日を。





 

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