“死んだら生きれない”から始まる、生きるを寿ぐ物語。
応援の循環チアフルエンサー・こうさかゆうあです。
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【そうだ ◯◯へいこう】
と言えば。
連日の雪かきで、
「温泉いきたいな」とか
そういう健全な行き先は、ちゃんと浮かぶのだけれども。
でも、わたしといえば、
やっぱりこれだったんだよね。
「そうだ 風俗いこう」

今から15年前。
突然死した旦那が、
3500万円の借金を残していった時のこと。
どうしていいかわからなくて、
部屋に転がって天井を見ながら考えてたら、
ふっと浮かんだのが、
「借金の身代わりって、
やっぱり風俗よな?」
横にあったパソコンまで
ゴロゴロしたまま移動して、
「未亡人やけど、奥様専科でええかな?」
と検索して、
メルアド不要の応募をして、
自分で応募したくせに
秒で「ユーガッタメール!」って
大きい音で返信が来てビクッとして、
その勢いのまま
面接にのこのこ行った実話。
……今思うと、
どんな思考回路やねん、なんやけど。
でも15年たった今だから
見える風景があるとしたら。
わたしは
風俗に行こうとしたんじゃなかったんたな…と。
「借金には罰がいる」
「女が背負うなら身体」
「苦しさには、下に行く理由がある」
そんな社会に貼り付いた価値観を、
自分の考えやと思い込んで
動いていたんやなあって。
しかもそれは、
誰かに言われた言葉じゃなくて、
自分の声として聞こえていたんやなあって。
だから疑いもせんかったし、
止める発想もなかったんだよね。
あれから15年。
今の私は、
あの頃の選択を
正しかったとか
間違っていたとか、
ジャッジするんじゃなくて
あのとき
そう考えて、そう動いた
その私ごと、
ここまで生きてきたんやなーと
思ってる。
15年たった今、
雪が降って、やんで、
また降る日々の中で
「そうだ ◯◯へいこう」
の◯◯は、
どこかじゃなくて。
“あの頃の私を連れたまま
ここまで来た”自分を、
雪かきした自分と同じくらい、
誉められる「今」なんだ。
雪のやみ間に光が差すみたいに、
こんなふうに思えるようになってることに
あの時の自分が一番
驚いてるだろうなあ◎