令和の清少納言 幸坂 ゆうあです。
基本、毎日。
目覚ましをかけない朝を迎えるようになりました。
冬なら7時、夏は5時台。
ふわっと、自然に目が覚めるようになっていて、
あれ、もう目覚ましって必要かな、と思うようになってきました。
ただぼんやりしていたり、
鳥の声を聞いていたり、
ふらっと散歩に出たり、
光のなかで、そっと瞑想してみたり。
そんな、なんでもない朝をすごせることが、
たまらなく幸せだと、日々、実感しています。
今はこんな呑気にも見える私の生活ですが、
昔はフルタイムで働いていたので、
目覚ましの音でびくっと飛び起きる朝を、何千回も生きてきました。
家族のために、こどもたちのために。
辛い朝という感覚は、いつの間にか身体にしみついていて、
でも、「みんな頑張ってるんだから」って、必死で動き出していました。
そんな何十年をすごし、
きっとストレスも、疲れも、静かに積み重なっていったんだろうな、と思います。
一人暮らしになっても、
決まった時間に仕事に行かなくてもいい生活になっても、
どこかで、「この時間に目覚めなければ」と思っていたみたいで。
睡眠リズムにあわせてやさしく起こしてくれるはずの目覚ましアプリでさえ、
鳴った瞬間に「今、何時なんだろう」と不安になる。
これ、どうもわたしの人生に違和感があるなぁ、と。
そもそも、決まった時間に起きる必要性って、そんなにあるんだろうか。
目が覚めたときに「何時かな」って不安になるなんて、
本来ならそんなになくてもいいことなのに。
鳥がさえずり、朝日が昇り。
季節のままに目が覚める。
たとえそのまま放っておいても、
最長でもお向かいの子どもたちの声で
「は♡よく寝たわ」ってなるんです(笑)
それでもね、
過去、頑張って、
正確な起床時間に命をかけて生きてきた私も、大切なわたし。
その積み重ねがあったからこそ、
いま、こうして自然に目が覚めた朝に思うんです。
「今日も新しい朝を迎えた。わたし、すごいじゃん」って。
ただ、朝を迎えただけ。
だけど、その「だけ」が、
しあわせをぎゅっと詰め込んだごほうびみたいに感じる。
この感覚を、ただただ、積み重ねていきたいなあ。
みんながみんな、同じじゃないけれど、
頑張って生きてきたあなたも、
もし、辛いなって思うことがあったら。
こんな朝を迎える日も、つくれたらいいかもよーって、
人生きってのおせっかいで書いてみました♡



