ばんばんよしこ、です。
昨日は
夫の胆嚢除去手術、でした。
先週、胆石症になり
緊急入院。
検査したら
胆嚢にも石がたくさんある、とのことで
胆嚢も除去することに。
手術説明は
土曜日だったので
息子(小4)も同席したんですけどね
手術説明を聞いた後の
帰りの車の中で
「胆嚢はどうしても取らないといけないのかな?」
と言うのです。
まあ、切除しても
日常生活にて
そんなに困ることは無いみたいだけど
って話をしたら
「それじゃあ
胆嚢さんがかわいそうだよ
胆嚢さんは一生懸命
父ちゃんの為に働いてくれたのに」
…だそうで。
病気が治るのに
胆嚢が犠牲になる、というか
胆嚢が悪者になる、というか
そういう感覚が理解できないらしいのです。
まあ、確かにそれはその通りで。
身体の中に不要な臓器は
きっと1つもなくて
それが、たまたま
【健康に】生きていく上で
不都合な動きをしているだけで。
それは
(遺伝の部分もあるけれど)
コレステロール、とか、食生活にも
起因するところはあるわけで…。
でも、造影検査の結果を見ても
もう胆嚢は機能してないし
身体の中にいても
また石が落ちてきちゃうから
取ったほうが良いって
お医者さんも言っているし…
って説明したら…
「その、胆嚢さんをもう1度
元気にすることは出来ないのかな」
…。
臓器を回復させる…
その発想は無かったwww
それは理想だけどさ。
それが出来たらそのお医者さんは
ノーベル医学生理学賞を取れるでしょwww
それこそ人類は
不老不死とまでは
行かないけれど
老衰以外で基本的に人は死ななくなるぞwww
息子は
手術には立ち合いはしませんでしたが
(平日だったので)
手術当日も登校前に
「お父ちゃんの胆嚢に
今までありがとう、さようならって言っておいてね」
と。。。
私は、息子より
謎の役割を仰せつかってしまったのでした…w
今まで
いろんなものに感謝する人だなーって
思ってたけど
まさか
他人の臓器にまで感謝する人だとは
思ってなかったですよwww
この感性を潰さないで
育ってもらうには
親としてどうやって
関わっていけばいいのか
密かに悩んでしまったのでした…。
