今は、14歳と12歳の子供達が
まだ乳幼児だった頃に、いつも思っていたのが
「育児って、正解がないから
迷っちゃうよなぁ・・・。」という事。
人生の全てがそうであるように
育児もまた、選択の連続ですが
自分自身ではなく
わが子とはいえ、別な人間の人生の選択を
私と夫が決定しないといけない
という責任に重さに
「うわぁー、ちょっと待ってー!」と
迷う事、しばしば。
うちは、双方の実家が遠く
よくも悪くも、完全な核家族なので
どちらの祖父母からも
育児への助言も苦情も一切なし。
決定は、100%が私と夫に
ゆだねられています。
実際には、私が決めて
夫がサポートするという役割分担。
どうしても私が迷った時は
夫に決めてもらい、私が従う。
選択に迷うことは、10数年後の今も変わらず
娘の高校を2校にしぼった後
回答期限、ギリギリまで迷い
今も、その選択が正しかったのか
答えは出ません。 たぶん、一生出ない。
まず、子供が小さい時に迷ったのが
子供達の日本語教育を
どの程度やっていくか?という事。
我が家は、アメリカの
NYやLAではない都市部に住んでいて
日本人は、そんなに多くはないけれど
日本語補習校はあります。
なので、毎週末、補習校に通い
日米バイリンガルを目指すことも可能。
実際に、そういうご家庭も多いですが
うちは、あきらめました。
結果として
今、中高生になったハーフの我が子達は
もちろん、英語が第一言語で
学校で習っている第二言語は、スペイン語
日本語は
日本のおじいちゃん、おばあちゃんと
何とか、意思の疎通は図れますが
書く方は、平仮名さえ怪しい程度です。
日本語をやらなかった理由は
一番は
共働きで、時間的な問題が大きいですが
いわゆる、セミリンガルと思わしき
ティーンや若い大人を何人か知っていて
無理して、やったがために
日本語も英語も中途半端になる危険が
怖かったからというのも大きいです。
このセミリンガルの話については
後日、もっと書いてみたいです。
いつの日か
日本語を、幼児期からじっくりやらせなかった事を
子供達が恨む日が来るのかしら?
自分達の選択が正しかったのか
迷いは、尽きません。