最後に

今回の日本滞在で感じた

我が家のどうでもよいが

反感を買いかねない

正直な感想です 😁



① ハンバーガーとピザは

アメリカ🇺🇸の方が旨い!


息子が

「日本のファーストフードは

コレステロール抜きや

ベジバーガーぽい」と言ったのに

家族全員が同意


そもそもうちは

バーガーやピザを食べる時には

脂っこさを含めて求めており


やっぱりこういう

手頃でジャンキーな食べ物は

アメリカの勝ちですわー 🤣



ただピザに関しては

去年行った

イタリアのナポリは別格で


さすがピザ発祥の地だけあり

トマトソースも生地もチーズも

全てがとても美味しかったです。




② 日本のコンビニと

アメリカのトレジョは

どちらも値段相応の味。


私はコンビニも

トレーダージョーズにも

普段あまり行かないのですが


トレジョは、今では数少ない

日本には未進出の店なので

お土産用にあれこれ買って

持って行きます。


今回は予定していた同級生達と

会う時間がなかったので

お土産が余ってしまい

弟家族と一緒に開けて

お菓子などを食べたのですが


また食べてもいいけれど

わざわざ買いに行って

必ず食べたいまでは行かない

ほどほどのお味。



今回は風邪引きさんが出て

外食せずに

コンビニから買って来て

部屋で済ませたことが

何度かありまして


人数が多く

好みもバラバラなので

かなりの品数を試食しましたが

どれも値段相応のそれなり… 🤭


デパ地下の惣菜も

一度買ったのですが

お値段もよい分だけ

こっちの方が明らかに美味かった!


安くて美味しい過ぎると

どういうカラクリがあるのか

心配になってしまうので

(誰か搾取されていそう)

ある意味でどちらも

ほどほどさに納得と

安心をしました 😂



③ 美容院はやっぱり日本に限る!


これはもう

私が言うまでもない話ですが


たぶん私が日本人だからでなく

世界中の皆さんが

もしも日本の美容院を体験したら

同意するのではないかしら?


バイリンガルの美容師さん

需要高そう


あと、マッサージも

お手頃でありがたい!



④ 中国人観光客は

明らかに減った!


私が行った地域は

韓国の方は多かったですが

過去2、3年の帰国と較べて

中国の方は激減した印象でした


だからなのか

時期の問題なのか

我が家が人混みを避けるからか


混んで大変だった場所は

今回、特になく

ドンキの外国人向け免税なども

待たずにスムーズ


唯一が人気ラーメン屋に

夕食どきに

子供椅子を含めた5名の入店に

10-15分待っただけでした。


その分だけ

接客にも余裕があるのか

過去数回の帰国時よりも

空港係員の方々や

店員さん達の印象はよかったのですが


訪日ビジネスが引き続き

儲かっているかどうかは

わからないなと感じました。

福岡では

風邪を引いていた娘以外で

実家にも寄り


その足で

娘も合流しての食事会へ


我が家の希望で

居酒屋の畳の個室

あれこれ好き勝手に注文。


4世代揃っての記念写真も

無事、撮ることができました☺️



父の認知症は

少しずつ確実に進んでいますが

体は痛い所も特に無さそうで

まだ会話もできて、元気そう!


前頭葉にダメージがあると

おかしな事を言ったりして

大変なのだそうですが


父の場合は

年を取るに連れて

全体的に萎縮しているそうで

一応、まだ会話はできます。


ちょいちょいおかしな部分と

頭がしっかりしていれば言わない

世代にありがちな偏見が

見え隠れする部分があって

興味深いと感じるのですが


ユウのところに子供がいるのなら

順番から言って

お姉ちゃんのナツも

すでに結婚して子持ちだと

思い込んでいたり


タミちゃんのタトゥーが

引っかかったのでしょうが

悪く言ってはダメだという

心のブレーキが働いたのか

「アメリカでこんな刺青は

いくらくらいかかるのかい?

ずいぶん高いだろうね」と尋ねたり


ユウが

「ボク何歳になったと思う?」

と尋ねてみたら

「30歳!」と

父自身が父親になった年を言ったり。


「ボクそんな老けてる〜?」🤣と

息子が爆笑していましたが


今どき、25歳のパパというのは

かなり若いですものね


今、息子がマリちゃんを

可愛がっているように


当時、30歳だった父も

赤ん坊の私をこうやって

抱いていたのかと思うと


可笑しいような

不思議なような

切ないような

なぜかちょっと涙ぐむ私🥹



私達がはるばる来たことも

おそらく父は、翌日にはもう

はっきりとは思い出せてないでしょう


しきりと

「またアメリカに遊びに行くぞ」と

話していましたが

それはもう無理で


そう私達に言ったことも

忘れていることでしょう。


瞬間瞬間の今を生きる父


そんな父の姿や

叔父(父の弟)を見ていると

自力で元気に

旅行が可能なのは

私もやっぱり、よくて75歳かな?


父も叔父も

体は平均以上によく動かし

よく食べ、酒はめったに飲まず

タバコも40歳頃にはやめており

特に認知症の発症リスクが高い

生活ではなかったと思います。



私達の旅行に話は戻り


翌日以降も家族と出かけたり

私の友人とも会ったりする

予定でいたのですが


このあたりから

娘の風邪が

マリちゃんにうつったようで

微熱が出始めて辛そうな様子


無理はさせまいと

友人との予定は取りやめて


家族とは

こちらが出かけずに

向こうから来てもらうよう

予定を変更。



そうこうしていると

ちょうど帰る日程あたりに

台風25号が東京に接近する予報で


空の便が乱れる可能性が

出て来ました。


元から短い滞在だったので

ちょっと迷ったのですが


具合の悪い赤ちゃん連れで

途中で立ち往生するよりはと

予定を2日早めて

アメリカに帰ることに決め


最後の2日間で

たくさん買い物するつもりが

ほとんど買えずに帰ることになり

かなり残念でしたし


航空券の日程変更に伴い

余分な出費も発生しましたが


最後まで皆が元気に

無事帰宅が旅行の鉄則


無理は禁物と前倒しで

帰路に着いたのでした。



アメリカに到着してから

台風の被害状況を知り

お気の毒でなりません。

沖縄に3日間滞在後

私の地元・福岡へ移動。


那覇空港でのハプニングとしては

マイル利用の都合上

航空券を娘とタミちゃん

息子と私の2つに分けて購入したら

「6名様ですね?」ん?


タミちゃんも息子も

それぞれマリちゃんを入れており

「お子様が

ダブルブッキングになっています」


🤣🤣🤣



沖縄ではホテル2室でしたが

福岡では、皆でわいわい過ごせる

4ベット、トイレバス別の

広めの部屋を、街の中心部に

取っていたのですが


このあたりが

娘の風邪のピークでして

福岡へ着いたら

1人で静かにぐっすり寝たいと

急きょ、安い別ホテルのシングルに

泊まることになりました。



沖縄では

あまり食べ物が合わずに

苦労したタミちゃんでしたが


福岡へ移動後は

食べ物も口に合ったようで

元気が出て来まして

「福岡大好き〜!」と。😃



娘と息子待望の

とんこつラーメンは

Shin Shinで1回だけ

食べる機会があり


タミちゃんの希望で

ちょいちょい

マクドナルドも挟みつつ🤭


実家の家族とみんなで

博多の居酒屋に行ったり


息子親子3人での別行動時には

ワンビルのフードコートで

食べてみたりもしたようでした。



昨年開業したワンビルに

今さらな話ではありますが


私自身も中高生の頃は

母と天神コアやビブレに行き

服などを買ってもらい


私も娘が小学高学年から

中高生にかけての頃は

一緒に行き、買い物をしたので


変わりゆく天神を歩きながら

改めて少し寂しさを感じたり


店舗は変わっても

煉瓦の石畳は昔のままの

天神地下街を歩いていると

亡くなった母を思い出したり。



そんな中で懐かしかったのが

NY出身のタミちゃんは

中華料理が好きなので


街ブラ中にふと思い出して

福新楼に行きました。


前回、私が行ったのは

たぶん母と一緒に

20年以上前なので

記憶が定かではありませんが


場所も少し変わって

新しい綺麗なビルになりましたね?


福新楼さんというと

博多皿うどん発祥の店であり

福岡の老舗中華料理店


行ったのが2時過ぎだったので

店内はがらんとしていましたが

ゴージャスな建物の中で

広々と落ち着いて

ゆっくりと食事ができる割には

価格はリーズナブルに抑えてあり


頼んだ物はどれも美味しく

意外にあっさり薄味で

油濃さもなく食べやすく

さすが老舗だけあるなと思いました。


新しい店も福岡名物も

どんどん出て来ますが

私くらいの年齢になると

一周回ってこういう店がいい


私としたことが

食事でお腹一杯になり

さつま芋の飴炊きを食べ忘れ

心残り過ぎる〜!


母との思い出は

いつも私の好物だった

焼きビーフンと芋の飴炊きなのです。


なかなか今泉(天神地区)にわざわざ

中華を食べには出かけませんが

大人数で近くに行った際には

ぜひ再訪したいです。



今回はみんな

孫の世話で手いっぱいで

食べ物の写真を家族のだれも

全然撮っていませんでした。