前回のアジスキタカヒコネのライン? |の最後の方で、
「丹生祝氏本系帳」においては、
大伴氏、中臣氏、門部連等、紀伊氏の始祖が共に、天魂命であるということが
記されています。
と書きました。
今回は、丹生都比売神社誌 - 国立国会図書館デジタルコレクション の28 コマ、(九)丹生祝氏本系帳の本文の項の最初から少しだけ引用します。
丹生津比売及高野大明神仕丹生祝氏、
29コマからは、仮名交じり文の『丹生祝氏本系帳』が載っています。
高御魂命、血速魂命、安魂命に対しての考察は、研究会公認HP『古樹紀之房間』(宝賀寿男氏が会長)の 「安牟須比命、天手力男命の系譜─山祇族の遠祖神」wwr2.ucom.ne.jp/hetoyc15/keijiban/yamatsumi1.htm
などで読んだことがありました。
けれど、このページでも「天魂命」については樹堂氏も触れていません。
おそらく、「抽象神(自然神)」に分類されているのでしょう。
wikipediaで検索しても「天魂命」は見つからなかったのですが、
西田長男氏著日本神道史研究 第4巻 (中世編 上) - 国立国会図書館デジタルコレクション 174コマに、
ちなみに、『紀伊国造系図』に比照するに、
『氏文』の「天魂命」は天御中主尊に当たる。
と書かれているのが見つかりました。
天御中主であれば天之御中主神 - Wikipedia がありますが、私としては、新唐書 - Wikipedia に書かれている「 新唐書卷220 列傳第145 東夷」の冒頭に、
其王姓阿每氏 自言初主號天御中主
とあるのが気になりました。
『紀伊国造系図』は、密教学会報 = The annual bulletin of the Esoteric Buddhist Society (35) - 国立国会図書館デジタルコレクション に載っているに載っている新名睦子氏著「 『丹生祝氏』の成立年代について」 で見つけました。
55コマよりお借りしました。
津速産霊神を検索すると『古語拾遺』が出てくるので、少しは触れた方がいいと思うのですが、本稿の目的は別にありますので、メモするだけにしておきます。
天魂命は、丹生家文書|和歌山県歴史資料アーカイブ|和歌山県立文書館 から得られるpdf〔丹生祝氏本系帳〕には、「アメタマノミコト」と仮名が振られているように私には見えます。
ところが、丹生都比売神社誌 - 国立国会図書館デジタルコレクション 29コマ目に載っている仮名交じり文の『丹生祝氏本系帳』には「あめのむすびの」とあります。
どちらが本当なのだろうかと思い検索を続けると、「天魂は、阿麻美武須毘と訓奉るべきなり」と鈴木重胤氏が書かれているのを見つけました。
日本書紀伝 第1巻 - 国立国会図書館デジタルコレクション の71 コマから引用します。
(前略)
又此神に、亦御名御在せり、延曆奏上の紀伊國丹生都姫神記に、始祖天魂命として、高御魂命、神魂命などより前に出でたるは、何れの神にか有む、決く此天御中主尊の亦御名なる事申すも更なり、斯れは天魂は、阿麻美武須毘と訓奉るべきなり、古事記國生段に、於是天神諸命以云々とある天神諸と有は皇產靈神二柱耳とは聞えず、(後略)
引用終わり
「阿麻美武須毘」にはルビが振られていませんが、阿麻美許曾神社(あまみこそじんじゃ)の存在から、「あまみむすび」と読むのだろうと思いました。
※こちらは天地悠久様の記事です。
そして、あまみ…奄美と連想しました。
鹿児島県/地名の由来 の「奄美」の項によると、「その名の由来は、琉球国の始祖『阿麻弥久(アマミク)』がこの地に降臨したことによるといわれる。」ということです。
「アマミク wiki」で検索してみると、阿摩美久 - Wikipedia が見つかりました。
目を通して「あまみこ」の項に書かれていることが一番気になりましたので、引用します。
あまみこ
島尻郡玉城村の伝承ではあまみこと呼ばれる。ヤハラヅカサに船でやってきた女神で天帝子でもあるという。夫はそね彦。三男二女を産み長男は天孫氏、次男は玉城の按司、長女は聞得大君の祖となったという。中国から沖縄に稲をもたらした一方で上述の建国神話にあるような創造神ではないという。ミントングスクが住居跡で、その近くにはあまみこの末裔だという家系も現存する。
(引用終わり)
まず、「ヤハラヅカサ」という地名が、久米八腹(くめのやはら)という人物がいたことから気になりました。
次に、あまみこの夫の名前が「そね彦」であることが気になりました。
なぜならば、久米氏族との関連が十分に窺えるという「そね」が存在するからです。
たとえば、門部が祖神の手力男命を祀ったとみられる門僕神社の鎮座地は曽爾(そに)村です。
曽祢連 (曽根連)・曽祢造も同様に久米部族の出とみられるとする宝賀寿男氏の考察は、高志国(越国)と久米との関係について | 久米の子の部屋 で引用しました。
あまみこ伝承が伝えられる島尻郡玉城村は、沖縄本島南部に位置していた村なのですね。
阿摩美久 - Wikipedia には、あまみこの三男と次女について触れられていませんし、島尻郡玉城村における伝承のことを詳しく知りたくなり調べると、小島瓔礼氏 著 琉球学の視角 - 国立国会図書館デジタルコレクション の104コマ目で、三男は農民指導者で、次女はヌル(のろ)となったことが分かりました。
Wikipediaに書かれていることを使って私なりに簡単に整理してみます。
〇長男…天孫氏。琉球最初の王統とされるが、王の起源を説くための神話時代における王統で、伝承上でも実在しない。
〇次男…玉城の按司。按司は古くは王号の代わりとして、また、地方の支配者の称号として用いられていた。
〇三男…農民指導者。
〇長女…聞得大君。第二尚氏時代の琉球神道における最高神女(ノロ)。
〇次女…ノロ。ノロは、しばしば「巫女」と訳されることがあるが、ノロは現在、本土でみられる神道の巫女にイメージされる神主の補佐役や雑務役ではなく、祭司そのものである(本土の巫女も元々はノロと同様の存在であったと考えられている)。民俗学では「祝女」の当て字がされるが、これは男の巫を意味する「祝」の女という表意になる。これはノロの性格が本土でいう巫女よりも男性神職に近いためであろう。なお神と交信し、神を憑依させることができるのは女性に限定されているため、神官であるノロはすべて女性である。
実は、「ノロ」が、本稿を書くことにした理由なのです。
辻合喜代太郎氏, 橋本千栄子氏 共著琉球服装の研究 - 国立国会図書館デジタルコレクション の68、69 コマから引用します。
Ⅰ 神女
「祝女 」「ノロクモイ」又は「ノロクメ」略して「ノロ・ヌル」と称されている。元来「ノロ」は「祈る」・「祈る人」・「宣る人」の意味で あり「クモイ」・「クメ」は神女の敬称又は美称である。
(中略)
ノロとは沖縄諸島、奄美諸島において琉球王府時代、各間切 (村々)の祭祀儀礼を司祭し、宗教的に村落を管理支配した女性神職の呼称である。
(後略 引用終わり)
71コマには、
136コマには、
喜界島では「ノロ」の名称を「野呂久米」とよばれていたことが文献に記載されている。」
と書かれています。
神女の敬称又は美称に、「久米」が当てられているのです。
奄美と天魂命とに本当に繋がりがあるのなら、奄美において大切なものの名称に「久米」があるかもしれないと想像して検索し、「野呂久米」を見つけました。
かつての琉球広告の領域には久米島があり、沖縄県那覇市の地名にも久米があります。
久米島は、琉球諸島で一番美しい島ということから、“球美(くみ)の島”と呼ばれていたというのを見聞きしてきたのですが、ログインなしで閲覧可能な 訳註大日本史 八 - 国立国会図書館デジタルコレクション の268コマには次のように書かれています。
球美島
續日本紀。○球美は音讀、一に九米に作る。今、久米島と稱す、或は古米に作る、又姑米。那霸の西二十里に在り、周凡そ六里半。南島志國圖。
(引用終わり)
球美は音読みということです。
史料編集室紀要 = Bulletin of the Historiographical Institute (23) - 国立国会図書館デジタルコレクション の103 コマには、「九米」は朝鮮の『海東諸国紀』にみえることなどが詳しく書かれていますが、104コマでは球美=古見(こみ)という説も紹介しています。
古見の位置を確認してみると、奄美姑神社(阿麻弥姑神社)ー久米島ー古見が直線状に並ぶだけでなく、そのラインの中央といえる位置に久米島があることが分かりました。
奄美姑神社(阿麻弥姑神社)は、鹿児島県奄美市笠利町大字節田97が鎮座地です。
奄美姑神社と直線距離で約1kmくらい離れて、「節田立神(せったたちがみ)」と呼ばれる巨岩があります。
奄美大島 節田立神 | 動画 | 【公式】鹿児島県観光サイト かごしまの旅 によると、
「奄美諸島や大隅諸島には、神様がやってきて最初に立ち寄るという、立神とよばれる、海につきだした岩がいくつかある。奄美大島最大のリーフである節田の立神は、親立神・子立神・孫立神が仲良く立ち並んでいる。」とのことです。
天宮城( あんまーぐすく)はグーグルマップで見付け、 あまみくと似ているように感じて気になりました。
そこで検索し、ようこそ久米島町へ |でダウンロードできるpdfで、久米島町字宇江城東堂原113にある高さ20~30mの奇岩だということなどを知りました。
古見岳 - Wikipedia によると、古見岳は標高は469.5メートルで、西表島における最高峰であり、地元では神が降り立つ山として信仰の対象となっているとのことです。
奄美の奄美姑神社(阿麻弥姑神社)ー久米島の天宮城ー古見島の古見岳のラインを眺めていて気になったのは、西の方に伸ばすと台湾に届くことです。
そこで、台湾の南側を調べて、関山(別名、高山巖)の存在を知りました。2013/08/15付けの墾丁の関山、「世界で最も美しい夕日が見られる12ヶ所」に : Taiwan Today に、「米国ケーブルテレビのニュース・ネットワーク、CNNのウェブサイトが、台湾最南端の墾丁・関山を世界で最も美しい夕日が見られる12ヶ所の一つとして推薦した。」とあります。
グーグルマップで分かった経緯度を地図に複数住所を一括表示 | しるしーず に入力し、マーカーの先に線を引くと、奄美姑神社ー天宮城ー古見岳は先端で繋がりました。
1,(阿麻弥姑神社)、 鹿児島県奄美市笠利町大字節田97
28.418840245946242, 129.6885856722731
2,天宮城(あんまーぐすく)、 沖縄県島尻郡久米島町宇江城
26.390316040461762, 126.76876822029062
3,古見岳、 沖縄県八重山郡竹富町高那
24.35938463168006, 123.89152330498725
4,高山巖(別名、関山)
21.964835490726387, 120.71856450975179

このラインを西の方に延長すると、ベトナムやカンボジアに届きます。
つまり、クメール人が暮らすあたりです。
この先のラインも今回の記事でご紹介したかったのですが、エラーが出ましたので、ここまでで投稿しておきます。
クメールに繋がった?久米のライン | 久米の子の部屋 に続きます。



