札幌市で
「じぶんと向き合い・じぶんを知る」お手伝い
『自分計画』を主宰しています。
昨日のInstagramで書いた
「人は書くことを恐れている?」の私の答えをこちらに書きます。
書くことが好きな人・得意な人は考えたこともないことかもしれない。
けれど、
書くことが苦手・めんどくさい人の大元はなんなのかを掘り下げてみた。
これは過去の自分と、なぜ苦手・めんどくさいのかを考えた「現時点」での私の答えです。
現時点を強調したのも理由があります。これも後々でてきます。
じつは私も書くことが苦手・めんどくさいタイプでした。
しかし、「考える・思考すること」は今も昔も常にあります。
書くことの苦手意識は無くなりましたが、めんどくさいのは残っています(笑)
まずは苦手意識がなくなったことについて。
過去に1ヶ月半、自分の気持ちをノートに書き続けたことが、書くことへのハードルを下げました。
そのノートは今も手元にありますが、まったく見返しません。というか、見返したくない。
なぜか?
それはネガティブ満載だったと思うし、それを読んでそのときの感情を呼び起こす意味もない。
書いたそのときの感情であって、既に過去のこと。振り返りたい過去じゃないんだよね。
そもそもモーニングページとして書いていたので、「読み返すな」という指示のもとで書いていたのもある。
書いたそのときは読み返してももいいと思う。
でもね、書き始めと書き終わりで感情が変わっていることがある。
なので、書き終わった時点で書き始めは過去になっているってこと。
書いたことで「私」は決まらない・固定されないってこと。
「書く」という行動を苦手な人はどういうときに「書く」ことをするだろう。
勉強・テスト・書類…あとは…出てこない(笑)
書くことの先に自分の評価が待っていたり、書くことが事務的な手続きの仕事だったり…めんどくさいの代名詞ばかりだ(笑)
書くことによって自分が決まってしまう。と、考えることもできるよね。
ネガティブなことを書いてしまうとネガティブな自分が見えてしまったり、ネガティブな自分だと決まって・固定されるのではないか。
見たくない自分・認識したくない自分が露見してしまうのがイヤ。
で、紙に残るのでなおさらイヤ。
なら紙に書いて燃やせば?となるけど、安全面・それじゃなくても書くこともめんどさいのに一工程増やしたくないよね。
見なきゃいいんだから小さな箱を用意してそこに入れておく。最悪見そうになったら、燃えるごみみ出しちゃえばいいんだから(笑)
でもさ、よく考えてみようよ。
イヤな自分も
ネガティブな自分も
見たくない自分も
認識したくない自分も
そして、いいところの自分も
全部含めて自分なんだよね。
表と裏・陰と陽
物事は表裏一体
いい自分も
イヤな自分も
一緒にいて
それで私ができている。
であるならば、イヤな自分を見つめるところからはじめたらいい。
紙に書いて客観的に自分を見る。
そこに「いい・わるい」のジャッジはいらない。
ただ、
「こう思ってるんだ」だけでいい。
その気持ちを解決させよう、いい方向に昇華させようとも思わなくていい。
それを毎日していくと、自分の感情を変なごまかしなく感じとることができるようになる。
そして、
「そう思ってるんだぁ」
と、どこか一歩ひいて見れるようになってくる。
(できないときもあって、あとで反省することもあるけど…)
そして、
書いたことによって自分は「決定されない・固定されない」
ということ。
書き始めと書き終わりで気持ちが変化しているときのように、同じ題材でも昨日と今日で違うこともある。
昨日と今日で違うなら、1週間後なんてもっと違う可能性があるし1年後なんてまったく人が変わっているかもしれない。
いまこのときでさえ変化し続けている。
ブログを書いていたって、当初書こうと思っていた結果と違う方向にいったり、違う題材にしたり。その瞬間で変わるときもある。
まずは他人に見られなく、自分の気持ちをノートに殴り書きするとこからはじめてはいいかが?
頭の中を外に吐き出すと、頭のメモリーが少し空く。
そうすると、頭が軽くなって他のことを考えることができる。
忘れたくないとおもっていても忘れるし、ささいなことでもノートやメモ帳に書いておけば、忘れても「あれに書いてあるから、見返せばいいや」となる。
実際はそうそう見返すことがないという(笑)
一度お試しあれ。
書くことに慣れてからは、常にメモ帳を持ち歩いている。
気になったことを書く。
いまは出社時に自宅での体温の報告義務があるので体温を記録。勤務先に到着まで他の情報を入れたり考えたりしても、書いてあるので忘れて平気。たったこれしきのことでも気持ちがラクだし、脳内メモリーの空きがあるのが助かる。
そして、しっかり考えたいときはノートに書く。
「いま」の自分が考えていること・思っていること。
そうすると、意外な答えにたどり着く。
その意外性を知りたいがためにしているところもあるのかもしれない。
めんどうくさいは…
そこまですることに「必要に迫られてない」んだじゃないかな。
「書く」ことって生きるために必要なことじゃないからね。
「書きもの」を生業にしているかたは別。
生業にしていない人たちは、書かなくても生きていける。
だから書かないんだよ。
めんどくさくても書こうととする人は、やはり何か強い想いがあるんだとおもう。
私は「変わりたかった」から書いた。
当時の自分と決別したかった。
もうガマンする人生を送りたくない!!って思って書き始めた。
日記もなにもかも三日坊主だった私が1ヶ月半続けられた。
もちろんそのまま何年も続けているひともいるだろう。
でも、私に自信をつけてくれるのは1ヶ月半で充分だった。
他の人と比べる必要はなない。
私の自信がつけば期間に関係なく、それでいい。
めんどくさいひとは、いまのままでいい。
それがイヤだというなら、
「なぜ、めんどうくさいのか?」
「なぜ、変わりたいのか?」
を題材にして紙に書いてみたらいい。
小さい紙ではなく、大きな紙。
理想はA4以上。
表だけ使用し、納得するまで何枚書いてもいい。
書き終わったら何枚書いたか数えてみると面白い。
意外と思うところがあるんだな。
とか、
あっさり答えでた。
とか、
こんなに書いたけど答えでない。
とか。
ブラックな自分しかいない。
とか。
そんな自分を知るところからスタートなんだよね。
で、
書くことが苦手・めんどくさい人・話すほうがハードルが低い人用に「話す」コースを作ります。
こんなご時世なのでなのでオンラインになりますが、私に想いを話していただくコースです。
自分の気持ちを吐き出し・受け止める準備ができたら「書く」コースへのステップアップ!
というのを『自分計画』のコースで考えております。
近いうちに発表できるといいなぁ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
今日もあなたらしい1日を☆