こんにちは!

ご訪問いただきましてありがとうございます

  芋虫月と申します。(3月を意味します♪)  

アラフィフ(アラカン?)専業主婦です

家族⭐︎夫(56)、長女(26)、次女(22)、ワン助(13)

夫年収1000万円で住宅ローン地獄です。

10年過ごしたアメリカ生活、リアルな家計、資産状況、毎日の節約術や、子育てについて、聞いて頂けたら嬉しいです♪

 

 

↑ごはんつぶ、くっつかなかったです!!先の薄さもご飯がつぶれないでグッド!

 

 

↑こちらも大きさ、持ち手の感触、男女問わず使いやすいと思います。

ただし、適当に置くと、当然ですが傾くのでカウンターに汚れはつきます。

ちゃんとスタンドの向きを合わせて、そっと置く必要ありです。

 

 

 

★破天荒に生きた義父の死後のドタバタ続きです

 

 

 

 

★葬儀のあと・・・

 

形見分けもしてもらえなかった夫でしたが、ショボーン

 

後妻さんとの会話で彼女が口をすべらせてわかったのが(夫も生前義父からもなんとなく聞いてたみたい)

 

香港の銀行口座に一億ある。(よく金持ちの方って、香港とかスイスに口座持ってますよね。)グラサン

 

そして、香港の銀行は非常に厳しくて、口座の持ち主が死んだと同時に口座クローズされる。凝視

 

それは遺言状とか、法律に則った正当な贈与が行われるようにするためで、

 

それにはとてつもなくめんどくさい手続きと、時間がかかるのです。(私もよく知らないんですけどね。)

 

とりあえず、その一億を後妻さんが独り占めすることは不可能となり

 

双方、弁護士(香港の)をたてての手続きに入ることになったのです。真顔

 

簡単に言うと半分の5000万は後妻さんに。残りを兄弟で分ける感じです。

 

2500万円入ることになった我が家・・・ですが、それには7年かかりました。(まじで)

 

どうやら後妻が(もはや呼び捨て)独り占めしようと、訴訟したり、手続きを遅らせたり、いろいろ暗躍したらしい。

 

私達は夫のインターンとMBAの学生生活がもう一年残っていたので、弁護士に後はお任せしてアメリカに帰りました。ネガティブ

 

ときどき弁護士から50万円くらいの請求書が来たのにはまいりましたが

 

この遺産だけは、がんばって守ろう!と夫婦で誓ったのでした。泣後妻にはかなりムカついたからね!ムキー

 

 

★貧困生活のはじまり

 

実はここで大問題があったのです。絶望

 

もともと夫は日本で外資系のIT企業に努めていて、本社に出向になったため、結婚してアメリカ生活にはいったのですが

 

ガンで余命が短い義父が、「自分が生きている間にMBAをとってくれ〜。」と謎にこだわっていて

 

学費とその間、2年間の生活費は面倒みてくれる、という約束で、夫は会社をやめて大学院に戻ることになったのでした。

 

しかし!上差し

 

いくら生活費をくれると言っても、無収入になってしまうので、私はとっても不安(嫌な予感しかなかった)でした。

 

いまいち、中国人で高齢で病気で話しが大げさな義父(悪口じゃん)を信用しきれていなかったのね。

 

こすい嫁と思われたでしょうが、義父にいつ、何が起こるかわからないのだから、お金は先にいただいておこうよ!札束

 

と、再三夫を説得し、夫も義父に頼んだのですが、そこは義父も水商売。いろんな投資もやっていたようで、

 

簡単に500万円のお金を出してはくれませんでした。チーン

 

それでも生きている間は、ちゃんと送金してくれましたし、自分に何かあったら後妻がいるから大丈夫グッって言ってたけど、

 

後妻がいるから心配なんだよ!!ピリピリとはさすがに言えなかった嫁。

 

まあ、予想通りそのまま送金は途絶え、MBAの最後の1年間は、私の貯金と私の両親からの借金で、

 

なんとか卒業までたどりついたのでした。激貧でした〜

 

家も小さいアパートに引っ越してね、、、当時アメリカの物価は安かったからなんとかなったけどアセアセアセアセ

 

お金使い放題のお気楽な駐在員生活から、親のすねかじりの学生生活を経て、一気にビンボー生活に転落した私達。

 

私の貯金はすっからかんになったし、(結婚時は600万円もあったのに)本当に私の両親には助けてもらって

 

感謝しています。(すっごい偏屈な親なので、いろいろ苦労はさせられますけど)

 

このときの貧乏体験は、私達夫婦にとって、良い経験になりましたキラキラ

 

ふたりでがんばればどうにかなる〜!みたいな。。。それなりに小さな楽しみをみつけたり。。。イエローハーツ

 

★帰国後、贈与された遺産の行方

 

卒業後は夫も無事、アメリカ現地で就職し、子供たちも産まれ、義父が亡くなってから6年後に帰国となりました。

 

そして、すぐに香港から連絡がきて、遺産が贈与されました。チョキ

 

夫は一度、後妻とその手続のことで電話したのですが、赤ちゃんの泣き声がしたと。にっこり

 

まだ十分若いし、再婚したのかもね。義弟はどうしてるだろうね、とちょっと気になりました。

 

2500万相続しましたが、内600万円は私の両親に借りていた分なので返済しました。お祝い

 

残り1000万円は、私に黙って夫がFXに手を出して、リーマンショックで見事に溶けました。ムキームキームキー

 

かなり後になって知らされた私は言葉もなく・・・修羅場になりましたが、ピリピリピリピリピリピリ

 

それ以降、夫婦の間でお金の話しは共有する。黙って多額のお金を使わないと誓わせました。チーン

 

私もあまりのことに、実感がないんですよね。実際に見たわけじゃないし。1000万円・・・真顔

 

残りの900万円は、子供たちのインターの学費と帰国後の贅沢生活で消えました。ニヤニヤ

 

当時は夫も1500万円以上の年収があったので、お金のことはうやむやになってしまった。くっそ〜!

 

あんなに長い間苦労したし、私の貯金も使われたのに、なにも残らなかったので、なんかモヤモヤしますが

 

私の親に無利子だけどお金が返せて、本当によかったです。

 

悪銭身につかずといいますが、身の丈に合わないお金を手にしても、

 

その分は、ちゃんと消えるということがわかりました。無気力無気力無気力

 

神は見ている。。。昇天

 

★義父のお墓参り

 

義父の座右の銘は「人間万事塞翁が馬」(目先の出来事に一喜一憂せず、長い目で物事を見るべきという教え)

 

墓石にも彫ってあって、私はいつも「おまえが言うな〜!!」(言葉、すみません)

 

と、義父をある意味恨む気持ちで、この言葉も大嫌いでした。義父のせいで、どんなに私達がしなくていい苦労をしたか。。。

 

でも、ある時から、義父のおかげでいろいろ学ばせてもらえたな。今の平穏な生活もそういう学びの積み重ねだな、

 

と思えるようになってきました。ニヤニヤ

 

夫は義父のことが好きなようだし、当時、誰もが義父のことを「仏のようないい人だ」と言っていました。はてなマーク

 

野心家で、騙されやすかったけど、憎めない人物だったのでしょうね。よだれ

 

先日、義父のお墓参りに数年ぶりに行きました。後妻は再婚してるだろうから、墓は荒れ果ててるだろうと

 

思っていましたが、誰かがお参りした跡(しおれた花)がありました。笑ううさぎ

 

もしかしたら、もう大人になってるであろう(30歳くらい?)義弟が来ているのかも知れないね。

 

結婚して、子供とか連れてきてるかもしれないね。ニコニコ

 

だとしたら、お義父さんも嬉しいだろうね、とちょっと暖かい気持ちになりました。照れ

 

長々と、ここまで読んで頂いて、本当にありがとうございました。