今朝は6時に起き、菜々ちゃんのあさんぽを済ませ、2人で食事をとり、菜々ちゃんにお留守番をお願いし、7時半には自宅を出ました。
8時から父の朝食が始まるので、それに間に合うよう病室に入ると、父はすでにベッドを降り椅子に腰掛けていました。ずいぶんとすっきりした顔をしており、体の震えはもう完全に止まったと。顔のむくみもとれておりました。
8時40分から透析が始まるとのことで一緒に透析センターにまいりましたが、実際に始まったのは10時でした。透析センターの待合室に腰掛けていると、看護師さんに声をかけられ、一緒にいてあげてくださいと言われたので、11時過ぎから透析の終わる1時まで、そしてその後止血等の処置が完了するまで、父のベッドの傍で過ごし、父と色々と話をしました。父は時々、右腕のシャントから血液の流れている管を左腕で引き抜こうとするので、だめだよ、となだめ、起きようとするのを押さえつけてまた寝かせ、を繰り返しておりました。
じっと横になっていられない落ち着きのなさは、これから果たして透析をうまくやっていけるのだろうかといった不安材料になりますが、2回目の透析が終わる頃にはかなり体も楽になったことを本人が実感しており、昨日の朝は本当に死にそうなほど苦しかった、助かった、と口にしたので、また、命が繋がった、ありがたいと申しましたので、このまま何とか続けられるようにと願っています。
実際昨日の朝の時点でクレアチニンの数値は12、腎臓の値を示すegfrは2だったそうで、透析をしていなかったら、今日あたり父の葬儀を出していたかなあと。あるいはその方のが良かったのか、今回の透析は延命処置になってしまったのではないか。でも退院手続きの後、帰りの車内でスガキヤのラーメンが食べたいとの父のリクエストに応え、いつものスーパーに向かいフードコートでラーメンをすする父を見ていると、どんな形でもいいから生きていてくれてよかったとそう思うゴン兄でありました。
結局父はラーメンの半分も食べられず、残りはゴン兄が手伝いましたが、食べる意欲が少しでも戻った事は良かったのではと思っています。
3時半ごろ帰宅し、今は自分のベッドで疲れたと横になっています。
明日は市民病院から紹介された透析施設のある地元の病院に父と見学に行ってまいります。
木曜日からその病院での透析が始まります。
まだみなさんに作っていただいたお見舞いや応援のコラージュなど全くご紹介できておらず、大変失礼しています。
みなさんの温かなお気持ちに心より感謝申し上げます。父無事に透析を終え退院して参りました。
ありがとうございました。
りょうかいママ作。







