例えば先日のクリスマスパーティーであるが、レストランに集合7:30となると、6時過ぎから近くのパブで落ち合い、まずそこでアルコールにより出来上がる。
それから移動してレストランで食事となるが、一人一枚のガーリックパンと呼ばる要するにピザ丸ごと一枚、そしてパスタ、そしてデザートを食し、そこからパブに移動する組と帰宅組に別れる。
私は翌朝7時出勤だったから帰宅したが、レストランを出たのが夜10:30.
寝る前は、まだ腹パンパンだった。

毎度思うのが、日本人と食事をするとテーブルには野菜があるが、イギリス人の若い同僚らと食事をすると、野菜の類いはまるでない。
水もない。
アルコールかダイエットコーク(コーラ)である。

昔、北新地に「クッチーナ辻」というイタリアンがあり、そこの前菜を食べてから野菜嫌いが無くなった私は、野菜を食べたくてそこに通うようになった。
そういうなんというか、シェフが魅せてくれる料理の感動を求めて外食してきた日本生活から一転、イギリスにおいて行って撃沈する外食を心底面倒だと思う私である。

良くも悪くも、小学校の時から1日何品目食べましょう、朝ごはんにはこういうのを食べましょう、お肉を食べるときは野菜も食べるんですよ…みたいな、まじないのように頭に記憶している日本人の私は、ある意味それが呪縛のように脳裏に絡み付き、前菜ピザ、メインがパスタ、デザートがチョコレートケーキ、飲み物はコーラ…は絶対にアカン!と教育の記憶に支配されている気がする。
反して、同僚らの自由さを見ていたら、これほどに自由に何の縛りもなく食べたいものを組み合わせられる自分だけの権利こそが、この人達の愛する人権なのだと理解すと、ある意味それも羨ましい。

そうして翌日、またランチにマクドナルドを食べれる自由さ…
人間の身体は実に強く出来ていると思う。
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