先日、夫の兄夫婦が来た。
年に数回やっては来るが、うちから車で5分10分の場所にある義両親が眠る墓に行った話しは聞かないから、今回聞いてみた。
アッサリと「一昨年行ったから」と言うた義兄。
墓に眠る意味を考えさせられる。

私がまだ20代前半だったと思うが、たまたま京都の神社に行く機会があり、そこで神主さんのお話を聞く日みたいなイベントが偶然やっていた。
夏で神社の関係者の方が私と友人に「冷たいお茶をお出ししますから、座って行かれませんか?」と声をかけて下さった。
めちゃくちゃ汗ダクだったから、お茶飲み放題に惹かれて座った。

色々なお話があった中で、私は2つのお話にすごく惹かれた。
それが、「結婚」とは何故に白い姿でするのか、また「嫁ぐ」とはどういう意味かというお話だった。
結婚願望などない年頃であったが、その聞いたお話を思い出したのは30歳の時だった。

本当に悔いなく、今の自分でその人に嫁げますか?
結婚とは、過去を立ちきり絶対に振り返らないと誓い、その人に嫁ぐという事だという内容だった。
30歳の時、その意味が初めて理解できた。
20代の私には響かなかった話である。

もう一つは「死」について。
人は亡くなると、骨は土に混ぜてしまう方が本人にも遺族にも辛くない…という内容だった。
墓があって、墓参りをする者しない者が必ず出てくる。
墓守りをする身内はしない身内に苛立ちを持つ。
墓守りしたとて得はなく、しない者にも罰は当たらぬ。
それがミゾとなり、いずれ多きな軋轢となる。
人とは墓によって、そんなことから亀裂が入る…というような内容だった。

そのお話が、今まさに私に理解できるタイミングである。
俺のオトン、オカンの墓に豪華な花を供えてくれとんか?と、年に一度聞いてはくるが、金は出さない、行く事もない。
息子にとって、両親の眠る墓の意味は何なのか…と、この義兄を見ていて考える。
義母は生前、「墓は要らん」と言っていた。
「どうせ、いつかは誰も来なくなる。ならば海なり、その時に住んでいる家の桜ね木にでも撒いてくれたらよい」といつも言っていた。

しかし、義父が墓を欲しがった。
残された子供達が、僕達に会いにこれる場所が必要だと言ったからである。
だから義両親は火葬せず、棺に亡骸を入れて眠っている。

私は毎朝、義両親の写真の横に作ったナンチャッテ仏壇の水を替える。
その時、義父の写真に向かって「息子、全然墓参り行かへんやん!」
と言うてやる。
爆笑している気がする。
墓は誰のためにあるのか…
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