娘と昨日は中学高校の体育でスイミングは要らんよな…という話題になった。
スイミングレッスンは命を助ける…というのがスイミングレッスンの必要性。
これは数年前に英国王室のウィリアム王子が広告塔となり、国民に訴えた。
確かにそうである。
泳げないより、泳げた方が良い。

うちの娘と息子はまだスイミングスクールに行っているため、水着になることへの抵抗がない。
同じクラスに16歳、17歳の男子も8人いるし、女子もいる。
しかし、娘のクラスの女子は女子だけのレッスンであれ、水着になることへの抵抗がかなりあるという。
だから生理だと嘘の報告を親にしてもらい、何とか2週連続で休めるが
、3週目には生理は通らない。
体毛が濃い女子は前日から全身の除毛をせねばならず、本当に体毛が濃い事をコンプレックスとして悩む女子にとっては、苦痛でしかないと娘から聞くと、スイミングレッスンは保護者が必要と思うなら受けさせるでは駄目なのか…と思う。

先日の男子児童もそうであるが、体型だけでなく、泳げない児童にとってもからかわれる対象となるならば、体育のスイミングは無しにして、水泳が命を助けると思う保護者が個人的に習い事として習わせるにとどめるのはどうなのか…
という話題を元小学校教員にしたら、「それは格差を生むからアカンねん。貧富の差なく、スイミングの経験と訓練を受ける権利が子供たちにはあるべき…というのが教育理念としてるから」と言った。

水を怖がり、泣きながら生徒を泳がせたくないのが本音…
しかし、権利を与えなければならないのが学校…

毎年2回、娘と息子のスイミングスクールで溺れた時の対処法訓練がある。
これを担当するのは、元セーフガードの先生。
この先生は、うちの子が3歳から教わっている。
もう何十回と聞いてきた先生の言葉。
「ええか、あんたら。溺れている人を助けるために、絶対に自分も飛び込んだらアカン。例え浅瀬で流れがなくても絶対にアカン。助けになるものを投げてやるか、助けを呼びに行け。泳ぎに自信があっても、絶対にアカン。助けて良いのは、資格を持った人間のみ。あんたらが死なない為の教えや、よう覚えとき!!」

初めて聞いた時、感動した。
ほんまにそうや…

いよいよ、日の入りが早くなってきた。
家の前はこの光景、これで夕方4時47分

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