先日、義母の友人が1週間ほど義母宅に遊びに来ていた。
遊びに来ていたというよりかは、義母宅の倉庫内にある44箱の段ボールの整理を嫁の私と息子にさせるのは気の毒と思ってくれた義母の親友が、わざわざ泊り掛けで整理整頓しに来てくれたというのが正解である。

ある夜、夕食を共にしていた時の事。
義母の友人が言った。
「うちのひ孫(このおばちゃんの娘は18歳で出産、その娘が14歳で出産した事により、60代の時にはひ孫がいた)の通っている小学校は、宗教の授業がない」と言う話題になった。
うちの子供が通う小学校は教会の横にあり、音楽とコーラス部の先生がここの牧師さんでもあるため、関りが強い。
毎週月曜と金曜は牧師さんからキリストに関するお話しがある。

去年だったと思うが、娘が「キリストがこの世の全てを創造した」という話を言い出した。
娘が私に「お母さんもキリストを信じてんのやろ?」と聞いて来たので、「信じてへん」と正直に答えた。
娘は目を大きく見開き「え?信じてへんの?ほな誰を信じてんの?」と聞いて来た。
私は「自分や!自分の経験と勘や!」と答えた。

娘は意味が分からなかったようで、夕食時にまた「キリストは木も水も、この焼きそばさえも創造したんやで!」と目の前の焼きそばを指さし言った。
私は「ちゃうわ!木は勝手に生えてきたんやがな。焼きそばは私が作ったんや!キリストは焼きそばを知らん!」と答えてみた。
私は「あんた、さっきお母さんが焼きそば作ってんの見たやろ?あんたキャベツ切ったがな!キリストのオッサン台所におったか?おらんかったやろ?せやから私や!焼きそば作ったんは私なんや!」と言うと、妙に納得していた。

そんな事があって1年以上が経過した先日の事。
夫が息子と添い寝をしていた時、何やら話していた様子で、息子の鳴き声が聞こえてきた。
後から夫に聞くと、息子が突然夫に「お父さん、キリスト信じてる?」と聞いて来たらしい。
夫は5歳の息子に「日本に住む前まではね。でも日本に住んで神は1つの形で決められないと分かった。皆それぞれに信じる神の形が違っていて正解だと思った。だからお父さんは神を信じる事はせず、自分の信じるものを信じているのさ」と正直に答えたらしい。

すると息子は号泣しながら怯え始めた。
「キリストを信じていなければお父さんは助からない」と怖がり始めた。
夫はすぐに学校で習ったキリスト教の教えを強烈に信じ込んでしまっているのだと理解し、「キリストを信じていなくても助かる時は助かるし、助からない時は助からない。それは幸か不幸かであってキリストが支配しているわけでもないし、キリストが空から僕らを監視しているのでは無いから怖がらなくて良いんだよ」と言い聞かせた。

4歳から学校が始まり、週2でキリストの講義を受ける。
考えてみれば、その見た事も無い存在が子供の中で巨大化してもおかしくはないなと実感した出来事であった。
恐らく、この世を支配し創造する恐ろしい人物のように捉えてしまったのであろうと思う。

息子がもう少し大きくなり、娘のように自分の母親がキリストの事を「キリストのオッサン」と呼び、信じていないがクリスマスの食事会には参加する、それは食事が好きだから・・という、こんな人が母親なんだ、うちの母親はそういう考えの人なんだと理解すればもう泣く事も恐れる事もないのであるが、それにはもう数年かかるのかも知れない。

イギリスで育っていない私には、イギリスの小学校内で行われる全ての事が未知であり謎でしかない。
私のような「キリストはただのオッサン」であり、「しかしご先祖様には挨拶を」というごちゃまぜ宗教文化を見て育つ我が子こそ、本当の意味でのバイリンガルではないかと思う今日この頃。
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