どこぞなで
「早急に裁きを手放す事」
をおすすめしましたが
なぜ早急に手放した方がいいのか?
と言うと
「裁き」というのは
エゴの目くらましだからです。
解決・解消すべき
「自分のネガティブな観念」
向き合って癒すべき
「自分の心の傷」
「劣等感や罪悪感やなんやかんや」
から目を逸らさせるための
目くらましだからです。
他人や何かを裁く事で
自分の「それ」から意識を逸らす。
自分の「それ」を見ないように
他人に「モヤモヤ」を転嫁する。
他人や何かに対しての「裁き」は
他人や何かに対して
「モヤモヤした結果」起きます。
だから
自分としては
その「モヤモヤ」の原因は
「その人、その何かにある」
と思って(思い込んで)
「その人、その何か」を裁くわけですが
(否定、批判、拒絶、嫌悪、責め、等々)
違うんです。
その「モヤモヤ」の原因は
「自分」にあるんです。
自分の「何か」が原因なんです。
自分の「解決すべき何か」が
原因なんです。
そして
その「解決すべき何か」から
意識を逸らすために他人を裁くんです。
だから
裁きがある限り
「解決すべき何か」を
解決する事はできません。
そして
「解決すべき何か」が解決しない限り
自分の人生に苦難は訪れ続けます。
だから
裁きを手放す事が重要です。
ちなみに
「自分責め(自分を裁く)」
というのも「裁き」です。
責めている限り変われない。
変わらなくちゃいけないんです。
変えなくちゃいけないんです。
捻じ曲げるのではなく
我慢するのではなく
癒されないといけないんです。
解放されないといけないんです。
そのためには
向き合わなくてはいけない。
他人への批判、突っ込み、アドバイス
これを全部「自分」へ向けて
自分を変える。
自分のあらゆる面を直視して
認める、変える、変わる。
ちなみに
自分の「よさ」も
認めていかなくてはいけません。
他人への称賛、憧れ、感謝、感心
これらも全部自分に向けて、認める。
不遜も謙遜もなく素直に
自分の「よさ」を認めなくてはいけない。
「正当化と自己卑下は同じだ」
と思っておくといいかもしれません。
正当化も自己卑下も
自分から目を逸らしている状態です。
☯
というアレがあるように・・・・
バランスが大事です。
どちらも認めて
やっと「自分」です。
何で他人が存在しているのか?
というと
「自分を知るため」です。
家族、会社、学校、テレビ
ドラマや漫画の登場人物
自然現象、社会のシステム
今読んでいるこの文章
あらゆる全ては
「自分を知るため」のツールです。
その刺激を受けて
・自分の心が何を感じるか?
・自分が何を思うのか?
それをよくよく観察して
自分を知るんです。
そして
変わる。
「本来の自分」に変わる。
(ナチュラルな自分に変わる)
これは(人生は)
そういうゲームなんです。
「ゲーム」と言うと
‟軽んじている”というような
印象を受けるかもしれませんが
文字通り
「全身全霊」をかけた
「無限の中のたった一回きり」の
「絶対的なルールの上で行われている」
ゲームです。
これ(人生)を
無限の中のたかが一つ
と捉えるか
無限の中のたった一つ
と捉えるかは
個人個人の「観念」次第です。
どちらが正解でどちらが不正解なのか?
というものはありません。
どちらにせよ
ネガティブ視点から捉えれば
破滅の一途をたどる事になるし
ポジティブな視点から捉えれば
喜びに満ちた人生になって行きます。
例えば
「ゲームだからどうでもいい」
と思うのか
「ゲームだからもっと自由に楽しもう」
と思うのか・・・
みたいな感じです。
全ては自分の捉え方次第です。
ところで
・無限の中のたかが一つ
・無限の中のたった一つ
これについて私は
「”無限の中のたかが一つ”で
”無限の中のたった一つ”だから・・・
深刻にならなず全力で生きましょう!」
と書くことも出来るのですが
「深刻にならず全力で生きよう」
と思うよりも
「無限の中のたかが一つ」
「無限の中のたった一つ」
と思っていた方が
正解に近い感覚を得られると思います。
正解(本質)は
言葉に出来ない領域にあるからです。
言葉にした時点で
もうその説明は偏っている。
実際には「紫」なんだけど
「紫」のペンが無いから
「赤」か「青」で代用する・・・
みたいな感じです。
「それ」を表現できる言語が無い。
「それ」を表現できるものが無い。
「言葉にできない感情」と同じです。
正解(本質)は「感覚」なんです。
言葉にするとそれはもう・・・
ちょっと(だいぶ)違うんです。
だから
「深刻にならず全力で生きる」
と思うよりも
「無限の中のたかが一つ」
「無限の中のたった一つ」
と思っておく。
その二つの
”積集合”が正解(本質)です。
これは言葉にできません。
これは「感覚」です。
この感覚を掴んだ人に分かるのは
「これを言葉にする事は出来ない」
(言葉にするとちょっとだいぶ違う)
という事と
「どんなに言葉で説明されても
自分でこの感覚を掴まない限り解らない」
という事だと思います。
つまり・・・・
自分のイメージ力にかかっている
という事です。
いろんな角度から
いろんなイメージをして
感覚を掴みましょう。
「無限の中のたかが一つなら
こんな風に生きてみよう」
「無限の中のたった一つなら
こんな風に生きてみよう」
両方の視点から
人生を見てみるといいと思います。
そんなわけで・・・
「裁きを手放す」
これについても
大まかに分けて
「もう手放せない人」と
「ギリ間に合う人」と
「プルスウルトラ」な人がいます。
「みんなで一緒に手放して行こうね」
という領域(時期)では無くなっている
という事です。
・どこまで自分の裁きに気付けるか?
・どこまで手放せるか?
がミソになって来ます。
完全に個人戦です。
周りの雰囲気、数という錯覚から
目を覚まし続けている事が重要です。
「裁く人を裁く」
というトラップにも気をつけて
「裁いてるわけじゃない」
という誤魔化しにも気をつけて
自分の本音が
ポジティブなのかネガティブなのか
光なのか闇なのか
フワフワなのかゲジゲジなのか
正直に確認しましょう。
これは
どこまでもごまかせます。
自己判断だから
どこまでも誤魔化せます。
そして
誤魔化していいんです。
誤魔化す人を裁かない。
誤魔化してもエネルギーは変わらない。
無自覚でもエネルギーは変わらない。
未来が答え合わせです。
裁くのではなく観察しましょう。
裁くのではなく自分を変えましょう。
21日の金環日食を
大きな目安の一つにしていますが
ここを境に![]()
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いろいろ表面化してくると思います。
それぞれの「本質」が表面化してきます。
現実にも現れてきます。
だから
自分の心と現実をよくよく見る事。
周りの全てもよくよく見る事。
そして
自分を「望む方へ」変える事。
「裁き」は
「自分が変わるためのヒント」に
変えていきましょう。
裁かない、自分を変える。
裁かない、自分が変わる。
自分が変われば現実は変わる。
自分が変われば解決する。
自分が変われば守られる。
自分が変われば浮かばれる。
全ては&誰もが
「自分🔁自分」です。
どんな内容であれ
質問をしたくなったあなたへ
大事な記事
