見抜ける人になるために
だいたい自分は
歪んだ解釈をしている
という事をいつも覚えておく。
誰のどんな話を聞いても
どこのどんな情報を見聞きしても
自分は必ず
「自分のフィルター」を通してでしか
解釈、認識する事はできない。
そして
そのフィルターには
いろんな歪みがある。
(ネガティブな観念)
「白が黒」に見えるフィルターがある。
「黒が白」に見えるフィルターがある。
「ふしあな」になるフィルターがある。
「早とちり」になるフィルターがある。
「誤魔化そう」とするフィルターがある。
「冤罪」を作るフィルターがある。
その出来事を
その人物を
その発言を
その表現を
否定的に捉えるフィルター
がある。
否定的な尾ひれはひれを
自動的にくっつけるフィルターがある。
余分な(且つ否定的な)
解釈をあれこれくっつけて
自分の中で
「酷い・悪い・滅するべし」
というものに仕立てあげ
「悪即斬!!」
*るろうに剣心をご覧下さいませ
と言わんばかりに
正義の鉄槌・正義のお説教
(という名のただの攻撃)
へ駆り立てようとする。
ちなみに
これはエゴの作戦です。
「ただの攻撃」を
「平和を守る行為」だと
思い込ませて
自滅の道へ驀進させる
という作戦です。
エデンの「ヘビ」と同じです。
「鉄槌」は「戦争」の一種だから
鉄槌(制裁)で平和は作れない。
「鉄槌を下すべき人に下さなきゃ
この世は無法地帯になってしまう!!」
という発想が
すでにエゴの策中なんです。
他の方法がある。
「本当の」方法がある。
「正しい」方法がある。
私達は今
徐々にそのことに気付き
徐々にそっちにシフトし始めています。
・鉄槌に留まるグループ
・シフトするグループ
の二極に分かれていくと思います。
アンパンチの影響は重要な手がかり・アンパンマンのメッセージ②
何であっても
攻撃は攻撃という性質でしかない。
「やってはいけない」のではなくて
「攻撃のエネルギー」である
(=自分の未来に爆弾を送る)
ということです。
「いい・ダメ」じゃない。
「必ず自分はその爆弾を受ける」
という事を知った上で
どうするか?は選んでいい。
あえて選んで、後で受けて
「なるほど・・・・・・」
と実感するのも手の一つです。
何がどうであっても
「正義の鉄槌」は自分に返る。
割り切れんところかと思いますが
さらに納得のいかない事になります。
そして
ただでさえそんな感じなのに・・・
それが(鉄槌の原因が)
「早とちり」だったり
「決めつけ」だったり
「過剰な解釈」だったり
「逆恨み」だったりと
自分の歪んだ解釈によるもの
だった場合。
勘違いで
自分の未来を破壊する
という事になります。
(現実的には
何の理由も無い他人を攻撃した
という事にもなります)
だから
自分には
歪んだ解釈をするフィルター
が搭載されているんだ
という事を常に覚えておく。
「自分はいつもなんかかんか
歪んだ解釈をしているんだ」
といつも知っておく。
その上で
だからこそ
落ち着いて、よく考える。
落ち着いて、よく見る。
落ち着いて、よく聞く。
詳しく聞く。
イメージする。
なぜそうなったのか?
なぜそうしたのか?
なぜそう思ったのか?
なぜそう言ったのか?
どういう意味で言ったのか?
どういうつもりでやったのか?
何がどうなってそうなったのか?
「分からない」で終わらせない。
「性格が悪いから」で終わらせない。
「おかしいから」で終わらせない。
いろんな角度からイメージする。
すると
自分が歪んだ解釈をしていた
という事に気付けたりする。
「とっさに否定しなくてよかった」
「とっさに攻撃しなくてよかった」
「速攻で愚痴らなくてよかった」
という・・・・
「事なき」を得られたリする。
それから
あまりにもあまりにもで
分かるわけがない、ありえない
分かりたくもない、という場合
(無理にやる必要はありませんが)
「どういう歪みがあると
そういう発想に至るのか?」
と推理する。
すると
確かに
「攻撃」ではどうにもならない
「お説教」ではどうにもならない
「罰」ではどうにもならない
「厳重注意」ではどうにもならない
「やめよう!!」ではどうにもならない
という事が分かってしまう。
分かってしまうので
「鉄槌・成敗・お説教」が
できなくなってしまう。
(意味が無いと分かるから)
そうなってようやく
「ではどうしたらいいのか?」
というゾーンに入る事ができる。
こうなってようやく
「くさいものにふたをする」ではなく
本当の解決への道が開拓されて行く。
*自分にもそういう歪みがあるんだ
という事を忘れずに・・・
見抜ける人になるためには
「自分は色眼鏡をかけている」
「歪めるフィルターを持っている」
「歪んだ解釈をしている」
という事を
いつも覚えておくことです。
そして
そのフィルターを通して
全てを認識しているんだ
という事を計算に入れておく事です。
特に「否定的な解釈」をした時は
必ずフィルターを意識する。
「この解釈は
フィルターのせいではないか?」
と分析する。
そ出来事について
その表現について
その発言について
いろんな視点で見る。考える。
どんな意味なのか?よく聞く。
詳しく話を聞く。
自分の解釈が
ズレていないか確かめる。
これも「事実確認」です。
自分の歪みに気付けるようになると
他人の歪みも解るようになる。
他人の歪みに気付けるようになると
自分の歪みも解るようになる。
歪みに気付く事。
歪みに気付くには
「歪みがあるんだ」と知っておくこと。
「歪めて理解しているんだ」
という事を受け入れること。
これは「メガネ」と同じです。
黄色のメガネをかけていれば
白は黄色に見えるんです。
ブルーライトカットのメガネをかけると
白はぜんぶ黄ばんで見えるんです。
(私のメガネはチョット黄色いのだ)
どうあがいても黄ばんで見える。
だから
頭の中で補正するんです。
「これはたぶん真っ白だな」
と補正するんです。
そうやって「事実」を見抜く。
見抜きながら
自分の歪みを根本的に補正する。
これが出来るようになると
すぐに否定的に捉える
という事もなくなっていくので
自分としても、外から見ても
穏やかになって行くと思います。
他にも
お買い物などのシーンで
「自分にとってよい商品」と
「そうでない商品」の見分けが
つくようになったりします。
そういう所にも効いてきます。
人間のあれこれでけではない。
全体的に、いろんな事が
見抜けるようになるんです。
流れというか、予測というか
「だいたいこういう事が起きそうだな」
という事も感じるようになってくる
・・・と思います。
どんな内容であれ
質問をしたくなったあなたへ
大事な記事
