「自分責め」の原因は
「変わる事への抵抗」です。
この「変わる」は
「本来の自分になる」
という意味です
私達には
「本来の自分になるきっかけ」
(嫌な気分になる出来事)
を体験した時に
「本来の自分になる」代わりに
「自分を責める」という事をして
変わる事を避けよう
(そのままでい続けよう)
とする傾向があります。
もちろん「わざと」ではありません。
わざとではありませんが・・・・
そういうクセがあるんです。
だから
自分を責めている事に気付いた時は
こう思って下さい。
「私は今
本来の自分に変わる事に抵抗している」
「変わる事を避けるために
責める事を選んでいる」
その後は
チョイスです。
▷自分を責める
▷変わるために変える
好きな方を選んでください。
▶自分を責める
をチョイスした場合。
OKです。責めましょう。
好きに生きていいんです。
責めたいなら、責めていい。
▶変わるために変える
をチョイスした場合。
「何を変えたらいいのか?」
と言うと「観念」なのですが
その観念が「何」なのかは
自分で逆算するしかありません。
・完璧でなくてはいけない、とか
・損をしてはいけない、とか
なんやかんや色々ある事でしょう!
観念を見つける方法は色々あるので
過去記事をご覧下さい。
もちろん
「観念だけ」
にこだわる必要はありません。
「これからはこうしよう!!」
「こう考えるようにしてみよう!!」
と行動や視点を変える事もGOOです。
*結局それも
「観念を変える」という事だからです
「本来の自分に変わるきっかけ」
(嫌な気分になる出来事)
を体験すると
「大きなエネルギー」が発生します。
そのエネルギーを
「変わらない事」に使った時
「自分を責める」という事をします。
自分を責めるという事は
「自分を責めている」ではなくて
「変わる事に抵抗している」なのです。
*摩擦を発生させている
だから
嫌な気分を感じるし
その時の周波数はとても低いし
細胞を傷つけている。
「本来の自分」で生きてる人は
自分を責める事がありません。
他人を責める事もありません。
ただ単純に
「いい気分」「嫌な気分」
「好き」「好きじゃない」
があるだけです。
「嫌な気分」「好きじゃない」
という事と
「悪い・罪・いけない事」
がイコールになっていません。
というか
「悪い・罪・いけない事」
という感じ方をしません。
(そういう感じ方が無い)
だから
自分の事も他人の事も何の事も
責める事が無い。
ここで
もうお気づきかと思いますが・・・・
「自分を責める」という事は
「自分が変わるのを避ける事」
なのですが同じように
「他人を責める」というのも
「自分が変わる」という事を
避けている時の反応です。
本来は
他人を責めている時のエネルギーも
「自分が変わる事」に使うためのもの
なんです。
もちろん「他人を責める」
という選択をしてもOKです。
でも
「他人を責める」という事は
「他人を責めている」ではなくて
「自分が変わる事に抵抗している」です。
「他人を責める」という事と
「自分を責める」という事は
どちらも
「変わる事への抵抗」で
「摩擦を起こす行為」です。
エネルギー的に見ればその2つは
「同じもの」です。
摩擦を発生させている
だから
嫌な気分を感じるし
その時の周波数はとても低いし
細胞を傷つけている。
責める相手は自分でも他人でも
起きてる事(摩擦)は同じなんです。
どちらも等しく
「本来の自分になる事への抵抗」
なんです。
「自分を責めることは善い事だ」
という観念を持っている人もいます。
善い事・・・とは言わずとも
「立派」「謙虚」とにかく「よい事」で
「自分を責めていればまぁ大丈夫だろう」
という、不思議な思い込みがある。
これは
子どもの頃の思い込み(観念)です。
・親がそうだった
・親にそう扱われていた
・親にそうするように教えられた
とにかく
子どもの頃に
「自分を責めるのは正しい事なんだ」
というような思い込みができた。
それがそのまま残っているだけです。
でも
自分を責める事は
他人を責める事と同じだし
「本来の自分に変割る事への抵抗」
です。
親の教えは正しくありませんでした。
その教えはネガティブな観念でした。
善い事でも立派な事でもありません。
そして
自分を責めるクセがある限り
他人を責める事はやめられません。
「恨み」が手放せません。
いい気分になる邪魔になるだけです。
だからもう、守らなくていいんです。
「自分を責める事は善い事なんだ」
という思い込みがあった人は
その思い込みが変わると急速に
責めるクセが解消できるかもしれません。
で!!
「責める」というクセは
「癌」という病気と
めちゃくちゃ深い関係が
あります。
なので
「責める」を解消することは
「がん」を寄せ付けないこと
「がん」を治すことに繋がります。
今、がんと書きましたが・・・
がんに限らずどんな病気も!!です。
始めの方で
「責めたいなら責めていい」
と書きましたがそれは
「病気になる事は分かってるけど
好きにすればいい」
という意味ではありません。
「責めたい」と思うなら
まずは
「責める事(責める自分)を責める」
というのを解消せないかん。
だから
「責めたいなら責めてOK」
と、書いたのでした。
私も自分に対して
そのように許可しています。
許可していますが・・・・
「責める」という事は
「変わる事に抵抗している」
という事を知っているので・・・
責めるよりも他の事を考えます。
・何が嫌だったのか?
・何がダメだったと思っているのか?
・どうなって欲しかったのか?
・どうしたかったのか?
・これからはどうしたいのか?
・どんな観念の現れなのだろうか?
その他いろいろ!!
すると答えが色々出てきます。
すると自分が変わります。
見え方や感じ方が変わるし
「人が変わる」という事が起きる。
自分でも驚くほど
自分が他人に変わります。
自分を責める人と話す時。
他人を責める人と話す時。
私はこう思います。
「変わる事に抵抗しているんだな」
そしてこう思います。
「この人は何に抵抗しているのだろう?」
「どう変わる事に抵抗しているのだろう?」
「何を認める事に抵抗しているのだろう?」
では
「私も同じ内容で
変わる事に抵抗してはいまいかな?」
他人を分析するのは
他人を裁くためではありません。
甲乙つけるためではありません。
自分を知るためです。
だって
他人(自分や自分以外の全て)は
自分が出したエネルギーの反射だから。
他人の一挙一動は全て
自分が出したエネルギーの反射です。
*正確にはコレです
全ては自分を知るためのヒント。
ここはそういう世界なんです。
あと!
自分や他人を責める人と話す時。
自分を責めている人は
「同じ内容で他人を責めている」
他人を責めている人は
「同じ内容で自分を責めている」
という事が・・・・・・うーん・・・
これは、どう説明したらいいか・・・
そういうテロップが頭の中に
ドーンと出ている感じというか・・・
自動的に変換されるというか・・・
「二重翻訳」みたいな感じ
で聞こえるというか・・・
なんかそんな感じでフムフム聞いてます。
他人との会話では
その人の観念も分かるし
そこから自分の観念も分かる。
なので
それを踏まえて
どう付き合いたいか?も決まるし
何よりやっぱり
自分を振り返る事が出来る。
これは
「全人間関係共通」です。
隣の席から聞こえてくる話や
*l聞き耳を立てているわけではない
美容師さん、販売員さん、お医者さん
ほんの一瞬、ほんの一言のやり取りも
全ては自分から出たエネルギーの反射で
自分を知るためのヒントです。
という事で・・・・
「罪悪感の正体」と同じような
短い話でまとめるつもりが
えらい長くなりました・・・(´▽`)
「自然の流れに任せる」と
大体の場合、計画とは違う事になる。
でも
計画していた事よりもずっとずっと
「望ましいもの」になる。
私は
流れに任せるように意識しています。
不思議な文章になりますが
「考えないように意識しています」
この状態が「自由」です。
・・・話が逸れましたが
「責める」のは
「変わる事への抵抗」です。
「責める事」をやめたいならば
「変わる事」を選べばOKです!
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