見えない世界が見えるようになる話 | 天寿のハッピーパーソナリティ~吐き出しの法則で人生を明るく楽しく暮らしちゃおう~

天寿のハッピーパーソナリティ~吐き出しの法則で人生を明るく楽しく暮らしちゃおう~

あなたの現実はあなたの周波数で出来ています。どんな事も「ハッピーな考え方」が出来れば「ハッピーな現実」を創り続ける事が出来るのです。ということで・・・どんな事もハッピーに考えられる「ハッピーな性格」になって、夢見た以上の幸せな人生にしちゃいましょう☆

 

 

 

誰にでも

 

「どうしても理解できない事」

 

というのがあります。

 

これは

 

「理解力の問題」ではありません。

 

では何の問題なのか?と言うと

 

「観念の問題」

 

です。

 

私達は絶対に、何が何でも

 

自分の観念を通してしか

 

認識することはできないし

 

理解することはできません。

 

例えばここに

 

「何か(物質)」があります。

 

その「何か」はそのままの状態だと

 

見る事ができません。

 

でもその「何か」は

 

あなたの観念を通ると

 

一瞬にして見えるようになる。

 

例えば「スマホ」に見えるようになる。

 

実は

 

この空間にはあなたには見えていない

 

たくさんの「何か」が溢れています。

 

「オーラ」とか「妖精」というのは

 

そのうちの一つです。

 

「なぜ見えていないのか?」

 

というと

 

今のあなたの観念では

 

見る事が出来ないものだから。

 

です。

 

ということは逆に言うと

 

あなたの観念が変わればその瞬間に

 

オーラや妖精は見えるようになる。

 

という事です。

 

オーラや妖精が見えるか見えないかは

 

能力の問題ではありません

 

観念の問題です。

 

オーラや妖精が見えるというのは

 

「観念を通してスマホが見えている」

 

というのと同じなんです。

 

特殊能力ではないんです。

 

観念変えりゃ誰にでも見えるんです。

 

ちなみに

 

目で見えなくても見えます。

 

どういう形で見えるかは様々ですが

 

「視る」事ができます。

 

*「見えるようになる」というのは

 「認識できるようになる」という事です

 

ただし。

 

「見え方」も観念によって変わるので

 

妖精に見える人もいれば

 

妖怪に見える人もいるでしょう。

 

光の玉に見える人もいれば

 

「ただのホコリ」に見える人もいる。

 

*「そのように見える」というのは

 「そのように理解する」という事です

 

だから

 

あなたがホコリだと思っているそれは

 

実は天使かもしれません。

 

あなたの観念が変わったある瞬間

 

それが光に見えるようになるかもしれない

 

実際に

 

見えるようになった人が沢山います。

 

教えてくれてありがとうでございます!

 

それが見えるようになったのは

 

あなたの観念が変わったからです☆

 

エネルギー(何か)は

 

観念によって「見る事(認識)」ができ

 

「見えたもの」の「見え方」は

 

観念によって決まります。

 

だから

 

観念が変われば変わるほど

 

不思議なものも見えるようになります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同じように

 

「理解」というものも

 

観念を通る前は「認識できない何か」です

 

例えば

 

誰かと会話をしている時

 

相手の話す言葉は「何か」です。

 

その「何か」はそのままの状態だと

 

理解することができません。

 

聞こえなかったり

 

音としては聞こえていても

 

内容どころかそれが言葉なのかどうかも

 

分かりません。

 

でもその「何か」は

 

あなたの観念を通ると一瞬にして

 

「言葉」として聞こえてきます。

 

そしてさらに

 

その「言葉」があなたの観念を通ると

 

あなたはその言葉の意味を理解します。

 

これもさっきの例と同じで

 

観念によって「理解(解釈)」が変わる。

 

例えば

 

相手は「いいよ」と言ったとする。

 

でもその言葉は人によって

 

「ダメ」という言葉に聞こえたり

 

「迷惑」という言葉に聞こえたり

 

「ピーーー」という言葉に聞こえたり

 

「もちろんOk」という言葉に聞こえたり

 

バラバラなんです。

 

観念次第でどうとでも聞こえちゃう。

 

だから

 

会話が成立しない人がいるんです。

 

相手が自分の話を理解しないのは

 

「わざと」ではありません。

 

その人の「翻訳機」では

 

そのようにしか翻訳できないので

 

そのようにしか理解できないんです。

 

だから

 

どんなに頑張っても伝わりません。

 

そうだな・・・・・

 

タイ語では

 

「綺麗(キレー)」というのは「醜い」

 

という意味の言葉だそうです。

 

スペイン語では

 

「さぼる(サボール)」というのは「味」

 

という意味の言葉だそうです。

 

だから

 

タイで「キレー」と言えば

 

「え!?醜い!?」と思われるし

 

スペインで「さぼる」と言えば

 

「え?味???」と思われるでしょう。

 

そうとしか理解できないんです

 

彼らにとってはそういう意味の言葉だから

 

「観念次第でどうとでも聞こえる」

 

というのはこれと同じなんです。

 

翻訳機(観念)が「そう」なので

 

「そう」としか理解できない。

 

だから

 

どんなに頑張っても伝わらない。

 

キレーは「醜い」と受け取られる

 

サボールは「味」と受け取られる。

 

余談ですが・・・・・

 

タイ語で「綺麗」と言いたい時は

 

「スワイ」(コン・スワイで美人)

 

と言えばいいそうです。

 

スペイン語では

 

「ケ・サボール?」で

 

「何味?」という意味になります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私達は観念を通してしか

 

認識できないし理解できない。

 

私もあなたも

 

自分の観念を通してしか

 

何も理解することはできません。

 

それは

 

ネガティブな観念を通れば

 

ネガティブな認識、理解をするし

 

ポジティブな観念を通れば

 

ポジティブな認識、理解をする。

 

逆に言うと

 

ネガティブな認識、理解をした時は

 

ネガティブな観念を通したという事で

 

ポジティブな認識、理解をした時は

 

ポジティブな観念を通したという事です。

 

どんな出来事、どんな言葉も

 

ネガティブな観念を通れば

 

ネガティブな意味に聞こえるし

 

ポジティブな観念を通れば

 

ポジティブな意味に聞こえる。

 

だから

 

「全ては中立」で「善悪は無い」

 

全ては自分の観念次第である。

 

なんです。

 

でも

 

このこと↑に関して

 

ネガティブな観念があるうちは

 

このことを理解することはできません。

 

「そんなわけあるか!!」

 

としか思えないんです。

 

「何がどうなっても

 

コレはネガティブな事でしかない!!」

 

としか思えない、思いようが無いんです。

 

でもでも

 

そうとしか思いようが無いのは・・・

 

「そうなる観念があるから」

 

「そうなる観念を通して理解してるから」

 

なのです。

 

なので

 

そこから抜け出したいと思う人は

 

「自分がこう思うのは

 

こう思う観念があるからなんだ」

 

と思うようにするといいでしょう。

 

デカルトの

 

「我思う故に我あり」

 

みたいな感じですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私達は

 

自分で何かを認識しているのではなく

 

観念が見せる世界を見ています

 

でも

 

「自分がこう思うのは

 

こう思う観念があるからなんだ」

 

という事に気付くことで

 

「観念のお人形」から

 

「観念の使い手」になる事ができます。

 

そのためには

 

「自分がこう思うのは

 

こう思う観念があるからだ」

 

では!!

 

「その観念とは

 

一体どんな観念だろう?」

 

と考えるといでしょう。

 

そして

 

観念を見つけて、変える。

右矢印人生を順風満帆に変えるワーク

 

すると

 

見える世界が変わります。

 

感じ方が変わります。

 

理解できなかった事が

 

理解できるようになり

 

許せなかった事が

 

「どうという事はない事」になり

 

見えなかったものが見えるようになり

 

聞こえなかった事が聞こえるようになる。

 

俗に言う

 

「大人になる」「おおらかになる」

 

「(いい意味で)人が変わる」

 

「悟りが開ける」「肝が据わる」

 

という事が起きるんです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私達は

 

分からない事は分からないし

 

見えないものは見えません。

 

なぜならば

 

「そういう観念を持っているから」です。

 

観念が変わらない限り絶対に

 

それを理解することはできない。

 

それを見る事はできない。

 

他の感じ方をする事はできない。

 

だから

 

自分に見えているもの、聞こえている事

 

感じている事、全ての事は

 

「観念がそう思わせているんだ」

 

という事に気付きましょう。

 

そして

 

「では一体

 

どんな観念がそうさせているのだろう?」

 

と、観念を探し、見つけて下さい。

 

そしてネガティブな観念は

 

「より望ましい観念」に変えましょう。

 

自分の中の翻訳機(観念)を変えれば

 

理解できない事が理解できるようになり

 

見えないものが見えるようになり

 

自分の世界が変わります。