先日、ブログで『「われは海の子」に思う。』と『「われは海の子」の歌詞を調べた。』を書いた。

私が歌詞とその現代語訳を調べた。以下は1番の歌詞。

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我は海の子 白浪の
騒ぐ磯辺の 松原に
煙たなびく 苫屋こそ
我が懐かしき 住家なれ

(歌詞の訳)
私は海の子供だ
波しぶきのあがる海岸の松林
煙が漏れて流れていく粗末な家は
私が住んでいた懐かしい家である

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そのとき企業理念追究するブログをお書きになっている篤さんからコメントをいただいた。折に触れて親しくコメントをくださるブログの友人だ。以下にいただいたコメントを紹介すると…

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苫家を粗末な家と訳されていたのですね。
茅葺、菅葺などの家を苫家ともあり、粗末なという訳に違和感をもちましたが、そもそも茅葺は粗末な家ということなのでしようか。
藁葺だったら粗末ではないのでしょうか?
何をもって粗末なんだろうかと考えてしまいました(笑)
素朴な家?
言葉にできません^^;

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気になって「苫屋」を辞書で引いた結果を篤さんのコメントに返信した。

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篤さん、辞書で苫屋を調べました。

(新明国八版)苫ぶきの(粗末な)家。
(岩国八版)とまぶきの(粗末な)家。
(旺国十一版)苫ぶきの小さな家。粗末な家。
(大辞林四版)苫で屋根を葺いた、粗末な家。苫の屋。苫屋形。

どうやら苫屋=粗末な家のようです。

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返信したあと数日間、改めて「苫屋」を考えていた。

 

大辞林四版で「粗末」を引くと「作りが雑なこと。 品質が劣っていること。 また、 そのさま。」とあった。

この語釈の読み手として「作りが雑」に対してマイナス感情のようなものを引くと、あっと閃いたことがあった。


あるサスペンスドラマの1場面を思い出したのだ。

私の好きな内田康夫「浅見光彦シリーズ」で、海女(あま)さんが登場する回を見たことを思い出した。

海女さんは、海に潜って海産物を採って数時間、冷えた身体を温めるために「海女小屋」でドラム缶風呂を沸かして浸かるのだ。

この「海女小屋」が「われは海の子」の歌詞に登場する「苫屋」のイメージにかなり近いのだと思った。

 

(「苫屋」で検索した画像)岩手羅針盤から借用

(「海女小屋」で検索した画像)

 

私はこれらの写真が苫屋のイメージに近いと思った。