大湾節子さんの著書『幻の旅路』の
「第3章 1980年、第三回目の旅」
9月15日~11月25日 71日間 七ヶ国
イギリス→オランダ→フランス→スペイン→モナコ
→イタリア→ギリシャ→イタリア→モナコ→
フランス→オランダ→フランス→イギリス
の読後感の続きです。
本書からの引用はブログの引用機能を使って表記します。
なお、引用文中、(略)はブログ筆者による省略です。
私の読後感を大湾さんがご自身のブログ「『幻の旅路』大湾節子のブログ」に、カラー写真を添えて転載してくださいました。添えられた写真によって、ご著書のイメージが膨らみます。
大湾さんのブログはこちらです。
84頁
アムステルダムで、エッサと
9月23日 アムステルダム
大湾さんは、当時26歳になるエッサに激励の気持ちを込めて忠告しました。
「厳しい現実に接して自分の実力のなさを知り、そこで諦めては駄目よ。努力するのをやめて、色々と言い訳するようになったら、人間おしまいよ」と若い友に忠告したが、実はそれは自分自身を戒める言葉でもある。
現実は厳しいかもしれないが、「未来」があって、そこから「実現目標」を紡ぎ出し、「希望」を胸に生活できる・・・・・・というのが、若者であることの証明だと思いました。
最近よく耳にする「就活」はしても「終活」なんていう言葉は心の中にも体の中にもない、というのが若者なのでしょうね、と、ため息をつく素人学者であります(苦笑)。
この84頁には「 1969.06(昭和44年)ロス留学前 」という日付のある写真が載っています。
写真には「エッサと同じ夢多き頃、自宅で(24歳)」と説明が付いていて、実に初々しくてかわいい女性が写っています。 24歳の大湾さんの写真です。
昭和44年といえば、私は中学1年生でした。ちょうどトランペットを吹き始めた年です。もし、この写真の大湾さんのような綺麗で素敵な女性が教育実習生もしくは新卒の先生として赴任してきたら、男子中学生は初恋の対象として、女子中学生は憧れの先輩として、大歓迎したことでしょう。
85頁
ミミの家を発つ
今日でアムステルダムの宿泊は四日目。ミミは好きなだけ泊まっていけというが、彼には友情だけしか持っていないので、やはり長居はできない。それに相手が自分の持っていない世界を持っていることに気がつき始めると、違和感を覚えてくる。そう感じる原因は具体的にはよく分からないが、多分乾いた砂の世界に生活していた民族と四季のある湿気の多い国で育ってきた民族の違いだろうか。
(略)
つまり、日本人の私が気になることと、アラブ人のミミが気になることは全く違うのだ。
(略)
じゃあ、また会いましょう。列車が滑り出す。居候も惜しまれるうちに去っていく方が、美しい思い出だけが残るのでいいだろう。
大湾さんの文章を読みながら、私は「そうだよねぇ、そうそう」と、しきりに頷いていました。以前の読後感でも書きましたが、大学生のときに「技術論」の授業で学んだ西洋人と東洋人の文化の違いということを思い出しました。
若かった大湾さんは、旅を通して、確実に人生を学んでいらっしゃったのだな、と、私は確信した次第です。
これからページを開いて読み進める大湾さんの旅が、大湾さんご自身にとっても、読者である私にとっても、実りある旅になることを期待しています。
(つづく)
