はいどうも
まんとくんです
この前
自分がセッションを受ける側になる時間がありました
僕は普段
人の内側を見る側にいることが多いんですけど
やっぱり自分のことになると
見えていないものがありますね
今回出てきたのは
かなり大きかったです
僕は昔から
緊張すると吐く
という反応がありました
大きなイベントの前
合宿へ向かう新幹線の中
これから何かが始まるという場面で
体が勝手に反応するんです
母親も緊張が強い人で
同じように吐くことがあったので
僕はずっと
母親譲りなんやろうなと思っていました
顔も似てる
手も似てる
反応の仕方も似てる
だからこれは遺伝なんやろうなと
ほんまにそう思っていたんです
読んでいる人の中にも
大事な予定の前になると体調を崩す人が
いるかもしれませんね
なんで今なん
なんで大事な時に限ってこうなるん
そんなふうに
自分の体を責めた日がある人もいると思います
でも今回の僕の場合
体質という見方だけでは
全然足りませんでした
セッションの中で
吐くことで何を得ているんですか
と聞かれたんですね
普通は
吐くことで得るものなんてないやろ
と思うじゃないですか
でも僕の中では
すぐに出てきました
心配してもらえる
同情してもらえる
気にかけてもらえる
ここだったんです
うわ
そこかと
体が勝手に反応していると思っていたけれど
その奥では
人の目を引く流れを作っていた
ということでした
子どもの頃
母親が緊張して吐いている時
父親や兄はそこまで反応していなかったと思います
またやってるな
という感じで
見て見ぬふりに近かった
僕はそれを見ていたんですよね
母親はしんどそうにしている
でも誰も心配していない
誰も気にかけていない
そこで子どもの僕は
同じような状態になろうとしたんです
僕も同じだよ
僕もお母さんと同じようにしんどいよ
そうやって母親にアピールすると
母親はこっちを向いてくれる
あんたも一緒なんやね
似てるね
遺伝やね
そう言ってくれる
同じチームに入れるわけです
子どもの僕にとって
これは成功だったんでしょうね
母親から遺伝したのではなく
母親と同じチームに入るために
僕が母親の反応を真似していた
ここに気づいた時
ほんまに
うわあと思いました
44年間
遺伝やと思っていたものが
実は真似だった
これはかなり衝撃でした
そしてそのやり方を
大人になっても使い続けていました
緊張する
吐く
しんどいと訴える
そうすると
誰かが心配してくれる
母親がいなくなった後は
彼女にそれを向けていたんだと思います
言い方はきついですが
お母さんの代わりをしてもらっていた
熱を出すこともありました
扁桃腺のせいだと思っていたし
浄化だと思っていた時期もあります
でも今回見えてきたのは
そこにも同じ流れがあるということでした
心配してほしい
同情してほしい
見てほしい
その感情が溜まって
体の反応として出ていたんです
面白かったのは
妻の反応です
妻は
僕が吐いても
熱を出しても
あまりそこに乗ってきません
しんどいんです
見てほしいんです
心配してほしいんです
そういう出し方をしても
反応しない
セッションの中で聞かれました
もし奥さんが同じように
常にしんどそうにして
見てほしい
気にしてほしい
という感じで来たらどうですか
僕はすぐに
嫌です
と言いました
その時に言われたんです
それを今
奥さんにしてるんですよ
いやもう
マジかでした
自分がされる側になったら嫌なことを
僕は相手にしていた
妻が反応しないことは
冷たいという話ではなかったんです
もうその手は効かないよ
そのアプリはもう終わりだよ
そういう現実を
ずっと見せてくれていたんだと思います
あなたももし
いつものしんどさで誰かの反応を待っているなら
そのやり方を少し見てあげてくださいね
しんどくならないと見てもらえない
調子を崩さないと居場所がない
そんな古いやり方を
もう続けなくていいんです
あなたはもう
しんどさで居場所を作らなくていいんです
このことだけ
心のすみに置いておいてくださいね
僕は子どもの頃に
ひとつのアプリを作っていたんだと思います
緊張する
吐く
熱を出す
しんどいと訴える
そうすると誰かが心配してくれる
こっちを向いてくれる
同じチームに入れてくれる
昔はそのアプリが動いていました
でも今はもう動かない
今の現実には合っていない
それでも無意識は
古いアプリを起動しようとします
緊張して吐く
熱を出す
しんどさで気を引こうとする
でももう
そのやり方は終わっていい
これを変えるために
特別なメソッドを増やす必要はありません
まずは気づくことです
僕は甘えん坊なんだな
僕は構ってほしかったんだな
僕は心配してほしかったんだな
僕はけっこう傲慢なことをしていたんだな
そうやって
小さく気づいていく
今回いちばん衝撃だったのは
44年間ずっと遺伝だと思っていた反応が
実は母親の真似だったと分かったことでした
そのやり方は
もう終わっていい
そう思えたセッションでした
