「家に帰るまでが遠足」
ではありませんが
「家に着くまでが旅行」
という教訓を得た今回の日本帰省でした。
日本の皆さま
おはようございます。
今年の日本帰省も、子供たちは米子空港で
ソフトクリームを食べ、
(これは梨ソフトクリーム🍐)
私は羽田空港で、
軽めの、しめのラーメンをいただき
日本への名残惜しさを感じつつ、フライトへと向かう。
夜便はとても快適で、映画を二つほど見て、あとは眠りを貪る。
私と次女は、昨年同様オーストラリアのウィーン乗り換えだった。
イタリアの国籍も持っている次女と一緒なのでパスポートコントロールはEU市民のところを通るので、
ここではかなり時間短縮される。
このことが分かっていなかった今までは、
主人と一緒の旅行以外は、
生真面目にEU外のラインに長々と並んでいた。
昨年に引き続き二回目のウィーン空港利用なので、
余裕綽々で、乗り換えのゲートに向かおうとしていると、
間違えて、到着出口のエスカレーターに乗ってしまっていた。
戻れば良いや!
と思っていたが、一方通行のみで、
戻れなかった。
あらら。
ということで、一旦外に出て、大急ぎでまた中に入るが、
手荷物検査場も長蛇の列だったので、
少々焦る。
が、乗り換え時間は2時間以上あったので、なんとかクリア。
やはり慢心はいけません。
乗り換えゲートに到着するまでは、気を引き締めておかないと
最後に走ることにもなりかねない。
ウィーンにてこのあとは、何も問題なく
ウィンナーワルツがかかるオーストリア航空機内で快適にフィレンツェへ到着。
預け入れしたスーツケース4個も、早いうちにするすると出て来た。
米子空港で預け入れした時は、
実はすったもんだがあった。
というのも
「なぜだかウィーンまでしか荷物が行かないです。」
と地場係員に言われ、
「それはおかしい。去年も同じ便で問題なくフィレンツェで荷物が受け取れました。
ウィーンで荷物の出し入れするのはとても困る。
羽田で再度チェックインやり直した方が良いですか?」
と粘る。
一度手続きをすると難しい云々言われながらも、
何故かわからないというのが、おかしいので、
地上係員さんに再トライをお願いした。
粘った甲斐あって、
フィレンツェまで荷物は届くことになった。
「ネット環境の問題だったんでしょうか?一時的にできなかっただけのようでした。」
こんな経緯がありながらも
フィレンツェ空港ではサクサク荷物をカートに乗せて
外へ向かう。
今回も税関はスルー。
すごい早さで外に出たら、
この日は、迎えにくるはずの主人の方が遅かった模様。
どこかで、待とうかと
ほっとした瞬間。
「ポシェットがない。」
と次女。
絶句…
またです。
以前は羽田空港から飛び立つ機内に着席した時に
リュックを忘れたと言い出した次女。
もう戻れないところに来てからの気づき。
血相変えて、
すぐに聞きにいくように促す。
一緒について行きたくても大荷物を押しながらでは、遅くなる。
そして荷物から目を離すのも怖い。
到着出口横のカウンターに聞いたら
戻っていいと言われたらしく、戻ろうとすると
アラームが鳴る。
そりゃそうでしょう!
その後、次女は指示された他の税関の列に並ぶ。
私は遅ればせながら、大荷物を押しながら近くまで移動する。
ようやく次女の番が来た時に、
まくし立てるように事情を話す。
「今ウィーンから着いたところだが娘がトイレにポシェットを忘れて来たんです。取りに戻りたい!」
と。
係員さんはバタバタと動いてくれて、
「中には戻れないからそこで待ってて。」
と。
ポシェットの中身は携帯電話とお金が少し入ったお財布ぐらいで、パスポートは私が持っていた。
だから出てこなくても、まあ仕方ないかな、
と思いつつ、
待っていると、
二人の頑強な警察(税関員)が次女のグレーのポシェットを持って現れる。
「おお〜!」
となったが、
「中に身分証明書はないから
とりあえず携帯電話のロックを解除してみて。」
と言われて、
次女が解除。
「バッボ(お父さん)から電話あったみたいだよ!」
と言う警官たちにお礼を言って、
再度大荷物を持ってベンチ付近へ移動。
ひとまず戻って来て、良かった〜
主人が遅れて到着した頃には、
まるで何事もなかったかのように再会の挨拶をかわす。
ああ、疲れた😓
イタリアでは、ちょっと休みたい。
今回の日本帰省、ラスト一週間の私の本音は
この一言に尽きる。
日々のフィレンツェの光や時間の中で、ひとつひとつ手作業で制作しています。
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