今日が人生最後の一日だと思って、毎日を生きよう!2024年の自分へ向ける思い | 人生の果実を味わう彫金職人の暮らし フィレンツェ物作り物語

人生の果実を味わう彫金職人の暮らし フィレンツェ物作り物語

フィレンツェ在住26年の、ジュエリークリエーターKaorukoが、物作りについて、イタリア子育て生活をまじえながらお伝えします。

日本の皆様、素敵な2024年の幕開けを過ごされたでしょうか?


喪中につき、新年のご挨拶はひかえさせていただきますが、

どうぞ、本年もよろしくお願い致します。


皆様にとって、2024年が特別な一年となりますように!



さて、今年の年末年始は、フィレンツェのわが家で過ごしました。


長女が友人たちとの年越しパーティーに、寿司を持って行きたいので、作って欲しいと言われ、


三品のお節作りと、寿司作りだけなのに31日があっという間に過ぎて行く。





日本のお母さんたちは、大掃除とお節作りに追われていることを思えば、ゆるいものですが、夕食時までずっとキッチンに立っていて、一年の締め括りは、

心地良い疲労感が私を包む。


フィレンツェの各広場で行われるコンサートに行こうか?

などと言っていたが、


基本、人ごみが苦手なのと、

意外にも時間がかかった寿司作りで、


断念。


外が大騒ぎになり、花火がバンバン上がる時間帯は、もう夢うつつ状態だった。




喪中ということもあり、紅白なますや、紅白かまぼこ、海老などをお節に作るのはやめにした。


喪中でも差し障りないらしい栗きんとん、黒豆、そして煮しめの三点だけ作り、あとは長女に持たせた寿司を多めに用意する。


紅白かまぼこは、この時期に日本に帰っていたのだから、買ってくることができたのだが、喪中ということで、敢えて買わずにイタリアに戻る。


黒豆と栗の甘露煮は持ち帰り、三品お節に使用する。




しかし、さつまいもらしきものを二種類買ったのだが、どちらもアウト!

甘かったオレンジ色のお芋を使ったので、まるでカボチャかにんじんで作ったみたいな栗きんとんになってしまったが、


そこはご愛嬌!



元日は長女が起き出したお昼に、お節とお雑煮、




そして漬けにしておいたマグロで、ミニ漬け丼で、多少のお正月気分を出す。




お飾りもしてはいけないようだが、小さな鏡餅だけは買って帰って来た。


「これ何、可愛い?」

と次女。


「これ小さいけど、お餅。普通はもっと大きなお餅を二段重ねて、上に橙をのせて、お正月に飾る。お正月が過ぎると、それを木槌などで砕いて、お雑煮にして食べるんだよ。」


と言うと、


「ええ!これも食べられるんだ!」

と。


夏にしか、日本に帰省しないので、こういうものは子供たちは見たことがない。


喪中には飾るのはダメなようだが、こうして、未知のことを教える機会となったので、ミニ鏡餅を飾ることを、母に?許してもらえれば良いなぁと密かに思っている。


昨年と言っても、一月半ほど前に母を見送った私は、

人の一生について、少しばかり思いを寄せる時間があった。



持ち主を失った父の蔵書や、母の着物や洋服に囲まれていた時


「人はどれだけの物にお金をかけ、どれだけ身近に置いていたところで、何一つ天国には持っていけない。」


そんな、虚しさと淋しさに包まれながら、黙々と処分に向けての作業をした。


同じく、どれだけ富を作っても、持って行けない。子供や孫に莫大な遺産を残したところで、喧嘩の元になるばかりなので、彼らのように、好きなことにお金を使ってくれていたことは、

残された物たちを見ながら


「うちの親はこういう人だったなぁ。」

と人となりを再び思い返す良い機会にもなり、喧嘩の元は少なかったので、ある意味で、健全だったのかもしれない。



母と最後の数週間を過ごし、人の一生の儚さを痛感した。


年中無休の旅館の女将さんとして一生懸命働いて、難しい気質の父を支えて、たくさんの着物に囲まれ、子供を三人育て、美や教養もそれなりに追求して…

とたくさんのことを経験して、成し遂げて来たのに、死後その彼女の存在を形作ることができるのは、残された者たちの記憶だけ。



この世を去る時に、今までの経験を、宝物のように一緒に持って行ければ最高だが、死んだことがないので、どうだか分からない。


全てが忘却の彼方となるならば、経験自体もやはり物と同じく、虚しい産物なのだろうか?


こういう考え自体が、この世に生きている人間の

執着

以外の何物でもないのだろう。


しかし、

虚しさを感じたからこそ、一日一日、最後の日に向かって進んでいるからこそ、


執着を身に纏って、この儚い生を満喫したいと、つくづく思った。


苦しい思いも、悲しい思いも、もちろん喜びに満ち溢れた瞬間も、その場所から離れずにしっかりと味わう。


今日という一日は、明日には、もう昨日になってしまっている。


その今日という日を、人生最後の日であるような心づもりで過ごすとしたら、もっと味わい深く、優しさに満ち溢れた一日になることだろう。


2024年は亡き母のためにも、そういう心づもりで毎日を過ごしていきたいと思っている。






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それでは、本日も最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。



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