日本人は、恥ということにとても弱い。
子供に向かって
「そんなことをしたら恥ずかしいでしょ。」
と言う親も多い。
外に出るのにあたり、ぼさぼさの頭で部屋着でちょっとごみを捨てに行く。
ということも、抵抗がある人が多いだろう。
こちらイタリアでは、そんなことは一向にお構いなしだ。
日本人の友人が、そのことを
「自分は見苦しくない格好をしようと思っている。」
と、大変日本人的な形容をしてくれた。
視点が、第三者なのだ。
しかし、こちらの人々は第三者のことまで慮らない。
自分が良いと思えば、それで良いのである。
小汚い自分の姿を見て、周囲の人が気分を害そうが、それはその人がどうとらえるかであって、決して危害は加えていない。
「危害を与えられない範囲であれば、だれが何をしていても構わない。ジャッジしない。」
という友人もいた。
海外で生きていくためには、この人のように思うと、生きやすいと思う。
私も人をジャッジしたくない。
相手が母国人、日本人であると突然ジャッジしたくなるのは、お恥ずかしいことであるが、
日本人はきちんとしている。きちんとしていてほしい。
と言う、歪んだ愛国心なのか、日本人としてのいびつな自己顕示欲なのか、自分でもわからない。
ビジネスのマナーとして、メールに返事をするのは最低限のマナーではないだろうか?
しかも、英語が流ちょうな日本人が、英文メールの返答を長い間しないでおいて、その理由が
「彼はニューヨーク出張だったもので。」
とは、どうしたことだろうか?
ニューヨークではネット環境が整っていないというのか?
上の一言は、イタリア人の出した何通もの英文メールにあまりにも返事が来ないので、日本語メールを書こうとしたが、それもやりとりに時間を要すからと、母国語でオフィスに電話をした時の対応である。
そして、ビジネスを先に進めようとする気がないならば、さっさとNOというメールを出すのが、できる人や、それなりの会社の在り方だろうと思う。
自分の方から提案してきた案件に対して、返事を放置すること自体、言語道断だろう。
残念ながら、最低な対応しかできない日本人を垣間見て、落胆した。
嫌なことや、嫌な人はスルーするというのが私の基本精神だけれど、イタリア人とのビジネスで、本当に悲しくて恥ずかしい日本人に出会ったということは吐露せずにいられなかった。
日本の未来は明るいのだろうか。
クベット イエローゴールド 18K イエローゴールド ラピスラズリ

VersiColori
価格、制作時間、送付方法などのご質問は、サイト内のお問合せ、或いはブログのコメント欄より、ふるってご連絡ください。


