フォリーニョにてダンテ講演 | 人生の果実を味わう彫金職人の暮らし フィレンツェ物作り物語

人生の果実を味わう彫金職人の暮らし フィレンツェ物作り物語

フィレンツェ在住26年の、ジュエリークリエーターKaorukoが、物作りについて、イタリア子育て生活をまじえながらお伝えします。

こんにちは。
フィレンツェ物作り物語のKaorukoです。

今回の主人のダンテ講演は、ウンブリア州のフォリーニョにある銀行の大会議室にて。

{B9C85214-2C53-477A-9435-CE0124047728}


若い従兄弟が、子供達を映画に連れ出してくれたので、

初めて、子供なしで講演を聞くことができました 合格



今回の講演の煉獄編第3歌には、皇帝党(ギベリーナ)の最有力者マンフレディー王が登場します。



ダンテは教皇党(グエルファ)だったので、敵は、ほぼ地獄に組み込まれているかと思いきや、神の恩寵の中に死に、救われる可能性の高い煉獄に、マンフレディー王を置きます。

煉獄篇執筆時のダンテの周辺状況が変化し、政治的なとらわれが消え、以前よりも公平な目でそれぞれの人格を見ることができたのではないかとも、言われています。


煉獄にいる人は現世の人々が祈ってくれることによって、より早く魂が清められます。

ですので、伝言役にもなり得る生き身のダンテに身の上話をするわけです。


会場の人から
「ダンテがそういう風に言いたかったというのは確実だろうか?」
と解釈についての質問が。

主人は、古典の解釈は、なかなか難しいということを冒頭に触れてから

「言いたいことだけ書いていては、随筆になってしまう。神曲は詩だからこうなのです。」と答えました。

詩人が込めた意味を解きながらも、ただの解釈に偏らない、そこに現代詩人の一員としての視点が入っているのが主人の講演の、特徴だと感じました。

{40BB33A2-5D1D-46E8-9FA7-B78EEE8937ED}


イタリア語に関しては、相も変わらず勉強不足の私ですが、言葉に関しての教育は、やはり文学の分野に身を置いていた父と、一緒にいることで自然と学んだものがありました。

詩人が書くものと、評論家が書くものの違いは歴然で

詩人が書く文章は、言葉への愛、リズム感、韻を踏むような美しい調べなどが、手に取るように感じられます。


イタリアの大詩人、 ダンテの神曲を、こよなく愛することができるほどの知識が身につくのは、一体いつのことだろうかと気が遠くなりますが、

朗読の美しさに酔いしれることのできる感性のかけらだけは身についていることに感謝したいと思います。


感性を磨きつつ、そして同時に知識へ向けての努力も大切ですね。

やることがいっぱいあるぞ~と、はやる気持ちを抑えつつ、

皆さん、今日も最後まで読んでくださり、ありがとうございましたドキドキ


Kaoruko Nakashima がフィレンツェで制作しているハンドメイドジュエリーにご興味がおありの方はどうぞこちらをご覧ください。

VersiColori
価格、制作時間、送付方法などのご質問は、サイト内のお問合せ、或いはブログのコメント欄より、ふるってご連絡ください。