おはようございます!
フィレンツェ物作り物語のKaorukoです。
「やったー、ちびまる子だぁ
」
昨日、わが家には日本からの荷物が届き、皆、狂喜乱舞。
子供の本、漫画、絵本を含め、22冊(ほとんどが私の物ですが)、地元のお味噌、ふりかけ、グミなどの食料品、そして長女の日本語通信講座。
これらの物を送ってくれたのは、家族ではなく、友人です。
昨年あたりから、母の体調が芳しくなく、あまり細かいことは頼めなくなりました。思い切って友人に提案してみたところ、このいちいち面倒な作業を引き受けてくれるということ!
その昔、私宛のプレゼントだったか、手紙だったか、記憶が定かではありませんが、一枚の紙が同封されていました。
手紙に添へて
どうして蜜柑は知らぬまに蜜柑なのでせう
どうして蜜柑の実がひつそりとつつましく
中にかはいい部屋を揃へてゐるのでせう
どうして蜜柑は葡萄でなく
葡萄は蜜柑でないのでせう
世界は不思議に満ちた精密機械の仕事場
あなたの足は未見の美を踏まずには歩けません
何にも生きる意味の無い時でさへ
この美はあなたを引きとめるでせう
たつた一度何かを新しく見てください
あなたの心に美がのりうつると
あなたの眼は時間の裏空間の外をも見ます
どんなに切なく辛く悲しい日にも
この美はあなたの味方になります
仮りの身がしんじつの身に変ります
チルチルはダイヤモンドを廻します
あなたの内部のボタンをちよつと押して
もう一度その蜜柑をよく見て下さい
「高村光太郎詩集」より
これを読んだとき、体の中から、彼女の優しさが広がりました。
それから、高村光太郎の詩のとりこになったのは言うまでもありません。
そして、私も同じように、自分にとって大切な友人ができたり、パートナーができた時、何かの形でこの詩を送り続けて来ました。
感性というものは、皆それぞれが違う形をしているでしょうから、「何、これ!」と思った人もいるでしょう。
自己満足の世界ですが、私の好きな感覚を、私の好きな人たちに知ってもらいたかったのです。
残念ながら主人にはこの詩を贈っていません。
素敵なイタリア語訳を見つけることができた暁には是非!
今日も最後まで読んで下さりありがとうございました!
