2021年に書いて投稿しそびれていたものをアップします。
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4/9にDMXが亡くなった。
まだ50歳という若さで。
太く短く生きた彼の人生。
マイケル・ジャクソン、ホイットニー・ヒューストンと重なるところがある。
24歳、25歳で亡くなったビギーや2パックもせめてここまで生きていて欲しかったとも思う。
DMXは私と同年代なので聴いてきたヒップホップも似ている。
RAKIMのTHE BIGGEST FANと自ら公言しており、二人が楽屋で初めて会う場面の動画が現在バイラルだ。
DMXの92年のBORN LOSER にはRAKIMの影響が見られるのも当然だろう。
DMXがデビューしてからは私の番組でオンエアしまくっていた。
日本で一番ヒップホップをかけていたラジオ局だったので、DMXも一番かけていただろう。
ちょうど週末のワイド番組WEEKEND JUMBOを担当して時だったかな。
STREET FLAVA のDJ SEIJI のカウントダウンヒップホップで何度DMXを紹介したことか。
私がMCをやっていたクラブ180ではDJ SEIJI がPARTY UP のイントロ2枚使い、そして UP AND HERE ! UP AND HERE!のコール&レスポンスはパーティの定番のお楽しみ時間となった。
その前後には最近リバイバルしたRETURN OF THE MACK、先日EW&FのVERZUZでもかかったネタ使い、D-NICEがプレイもしていたPARTY AIN'T A PARTY、ジブラのパーティチェッカー、SUPER THUGなどのパーティチューンと並んで欠かせない一曲!
友人ら曰く、ニューヨークではブロンクスもブルックリンも全ての車がRUFF RYDERS ANTHEM を鳴らしていたほど街はDMX一色だったという。
DMXが最初に盗みを働いたのは7歳。
14歳でクラックコカインに手を出し早期からシステムにドラッグを入れてしまった。
時は1985年。ニューヨークでクラックが蔓延していた時期。
映画「ニュージャックシティ」にその様子が描かれているが、ゲトーで80年代に育った友人は道端に注射針やパイプなどが散乱し、中毒者はもとより、道に横たわる死体を生まれて初めて見たと話していた。
両親からは愛情を受けられなかった彼が尊敬していたのは祖母。
先週私の番組でオンエアした「I MISS YOU」は祖母の死について歌った曲だ。
敬虔なクリスチャンの祖母の影響で深い信仰心を持つDMX。
昨年7月に行われたVERZUZでスヌープ・ドッグと対戦した際「スヌープ、俺のお前への愛は俺のものだ」と語った。
その時のタイムライのコメントなどには「DMXは何を言っているんだ?」と揶揄されていたけれども、私には彼の言わんとしていることがよく分かる。
誰かへの愛情というのものは、たとえその相手が何をしようとも揺るがない「俺の愛」だからだ。
長年DMXを番組でオンエアし、友人たちの話や全てのビデオやリアリティ番組を通し見てきた私には、彼がたとえ刑務所に行こうがドラッグに溺れようが、養育費を滞納しようが、隠しきれない輝きを持っている逸材であることが分かる。
ヒップホップ、R&Bを愛する者にとってここがジレンマだ。
DMXがドラッグ中毒であり、何度も何度もデトックスを試みるがまた元に戻ってしまうことは周知の事実。
同時に誰からも好かれる優しさと純粋で大きなハートの持ち主でもあった。
無理やり彼にドラッグをやめさせることが出来たならとっくにやっていただろう。
ホイットニーは16歳の誕生日に兄からコカインをもらった。
13歳のマライア・キャリーは姉からコカインを勧められたが断った。
興味本位でドラッグを試す人はアメリカにはゴマンといる。
私の知り合いや友人の親も昔はアディクトだったと言う話は珍しくない。
ニューヨークでドラッグ中毒の人を外で見ない日はない。
ストレスの溜まる仕事、弁護士や投資家でさえハードなドラッグを嗜む人が少なくないのだ。
ほどほどに嗜む人が殆どだろう。
しかしDMXはドラッグとの縁が切れなかった。コントロールされてしまった。
DMXが亡くなった夜、ERIC B がファットジョーのインスタライブで切ない心情を吐露した。
「ドラッグっていうのは、ハイになったことや中毒で苦しんだ者以外がやめろって言ってもダメなんだよ。本人がやめないとやめられないんだ。俺はドラッグも酒もやらないんだ」と。
倒れる2日前の3月31日、フィアンセがインスタグラムにDMXとドライブしている動画を投稿した。
楽しそうにジャクソンズの曲でノリノリで体を揺らしながら歌うDMXの最期の姿がそこにあった。
あのDMXが本物の彼なのだ。
まさか2日後に心臓発作を起こすなんて全く予想していなかっただろう。
銃弾に倒れたり病気やドラッグ、事故で亡くなるアーティストがこれほど多いジャンルはない。
今これを書きながら1992年、DMXが22歳の時にリリースした「BORN LOSER」という曲を聴いている。




























