ようこそ!
このブログは小6・小3の兄弟の成長を絵日記や4コマ漫画で記録している育児ブログです。
全てのコメントにお返事はできない時もありますが、ありがたく嬉しく読んでいます。
長男チョータの小学校6年間の思い出を振り返っています。
🌸5年生🌸
安心に包まれて、やっと本音を出せたチョータ。
私も謝った。
しかし…
コロナの臨時休校から、分散登校を経て通常登校へ。
進級による変化、転校早々から信頼のあった先生の転勤、コロナで変わりまくった学校の様式…
変化に弱いチョータが受け止めるには大きすぎた。
行きたいけど行けないチョータへの付き添いが始まる。
昔(1.2年生)と違うのは、行きたくない本人のための付き添いでなく、行きたいけど行けない本人のための付き添い。
不安な時は、聴覚過敏も強く出るし、
誰にも見られたくないと言う気持ちも強い。
チョータの不安感に引きづられたか、私自身が落ちていく。
それでも、頑張りたいチョータのサポートはやってあげたかった。
行きたい授業だけ選択して登校するフリースタイル登校。
上手く行かない日もあれば、
自信をつけられた日もあり。
このままでいいのだろうか。
自分で自分に不安になった頃。
客観的に見られてるってことでもある。
進んで退がって、少しずつ少しずつ。
年末に、私完全に落ち込む。
少し無理したな。と反省し、送ったら帰るように変更。
タイミング的にもチョータもそれができるようになったのか、空気を読んだのか。
どんどんと学校で楽しそうに過ごすようになる。
5年生になって、やっと話せるようになったのは、1月だった…😅
とはいえ、相変わらず、基本はパーテーションの中で過ごす。
そうやってそこにいることを、いいんだよ👍と受け入れてくれる先生方やクラスメイトに感謝。
少しずつ安心を溜めていき、徐々にパーテーションから出て、みんなと過ごせる時間が増えてきた。
朝夕の送り迎えも続けていたが、送ればすんなり登校できるという、調子の良いまま6年生へ。
4年生で築き上げた安心感が、コロナきっかけでガラガラと崩れて、それをもう一度、コツコツ作り直した1年間だった。
私のブログなので、私目線だけの話になりますが…
ベテラン先生が残っていてくれたら、もう少し回復も早かった気もする…。
5年で新しく担任になった先生は、子供たちに人気そうだし、当時も本当に一生懸命やってくださった。
ベテラン先生は、その子の不安が今どこにあってどう声かけするのかとか、あえて放っておいてくれるとか、乏しい表情の少しの変化に気づくとか…を(経験の賜物か)自然に対応してくださった。それはチョータにとってものすごく安心感に繋がっていたと思う。
なので、かなり早い段階(1学期中)で学校に馴染めた。不登校だった子が。
5年生でもそう言った「分かってもらえている」感はあるか…
学内で一番近くに居てくれる大人は安心できる人かどうか…
不安を拭うのに1年近く要してしまった。
5年生の行き渋り(「行きたいけど行けない」感じ)は、そこも影響していたようにも感じる。
その子を育ててきた親なので、経験上この場合こうしたほうが良いと分かっていることはもちろん伝えるし、学校との連携は取りまくるつもりなので、話し合いは大歓迎だ。
が、学校内でのことまで、いろいろと母親にどうしたらよいですか?と聞かれると、なんだか「先生も育てている」ような感覚に陥ることがあったりもして。(いいんだけど、いいんだけど、なんで私がそこまで?と思う時もある😂)
子どものことを想ってくださり、動いてくださるのはどの先生も共通してあるけれど、その動き方の小さな違いがあって、それは子どもを安心もさせるし、不安にもさせるのかもしれない。
同じやり方でも、子どもが違えば、フィットしたりしなかったりするのだ。
そこを見極めて動く。
恐れずに言えば、特別支援ってセンスがいるものなんだな…と学んだ一年でもある。
…いや、特別支援に限らないか。先生って本当に大変な難しい職業だ。わたしには絶対にできないだろう。
いつも読んでくださってる方なら分かっていただけると思いますが、けっして悪口ではないです。
そして学校の先生でもしこれを読んで心が痛んでしまっていたら、あなたのことではありませんので、どうぞ悲しまないでください。いろんな立場のいろんな意見があると思っています。
これは私のブログの、私の話の、私の気持ちです。
今の学校の雰囲気は、本当に素晴らしいし、さまざまなことを柔軟に受け止めてくださり、むちゃくちゃ感謝している。(ジゾーのことも😅)
5年生の回想が長くなっちゃった💦
卒業式当日のことも書きたいのに😅
続きます。















