~ゆる〜くラクに幸せであり続けたいあなたへ~
心のスペシャリスト 心みねこです。
前回の記事の最後に、
「寂寥感(せきりょうかん)」という言葉を少しだけお話ししました。
今日はその「寂寥感(せきりょうかん)」について、
もう少しだけ書いてみたいと思います。
私はこれまで、
心理カウンセラーとして
たくさんの方の人生のお話を聴かせてもらってきました。
その中で気づいたことがあります。
人生のある時期になると、
多くの方が感じる
ある共通の感覚があるということです。
それが
「寂寥感(せきりょうかん)」
という感覚です。
寂寥感(せきりょうかん)とは、
単なる「寂しさ」とは少し違い、
心にぽっかりと穴が空いたような、
どこかもの寂しく、
静かな虚しさを感じる感情のことです。
誰かがいないから寂しい、
というよりも、
ふと立ち止まったときに
胸の奥に広がるような
言葉にしづらい空白のような感覚。
人生をある程度生きてきた人が、
「これからの人生を
どう生きていこうかな」
と考え始めるとき、
この感覚が顔を出すことも少なくありません。
寂寥感(せきりょうかん)という言葉は
あまり日常では使われませんが、
たとえばこんな感覚です。
・これまでそれなりに頑張ってきた
・家族や仕事にも向き合ってきた
・大きな問題があるわけでもない
それなのに、どこか満たされない。
「このままでいいのかな…」
そんな問いが
静かに胸の奥に浮かんでくる。
それが
寂寥感(せきりょうかん)
なのかもしれません。
そしてここで大事なのは、
この感覚は
決してネガティブなものではない、
ということです。
むしろ私は、
寂寥感(せきりょうかん)は
人生の次のステージに向かうときに訪れる
静かなサイン
なのではないかと思っています。
若い頃は、
がんばればなんとかなる
努力すれば道が開ける
そんなエネルギーで
人生を進めていくことができます。
でも40代、50代、60代と歳を重ねると、
同じやり方では
少し苦しくなってくることがあります。
体力のこと。
家族のこと。
仕事やお金のこと。
いろいろなものが重なり、
「これからの人生を
どう生きていこうかな」
と立ち止まる瞬間が
増えてくる。
そのとき、
胸の奥にふっと現れるのが
この寂寥感(せきりょうかん)なのです。
だからこの感覚は、
人生が終わりに向かっているサインではなく、
むしろ
人生の第2章が始まる前の
静かな入口
なのかもしれません。
ここから、
・もっと自分らしく生きる
・我慢や自己犠牲を少しずつ手放す
・心も現実も整えながら進んでいく
そんな新しい生き方を
見つけていく人も少なくありません。
もし今、
「この感覚、少しわかるかも」
と思ったとしたら、
それは決して
遅れているわけでも、
迷っているわけでもなく、
人生の次の章に入る準備
なのかもしれません。
明日は、この寂寥感(せきりょうかん)とも
深くつながっている
「触れたくない感情」
について書いてみたいと思います。
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